13:それは忘れたころにやってくる

【第124回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題

・物欲しげな顔

・忘れたころにやってくる

・生まれてこの方

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


:::



「合歓、さん」

 物欲しげな顔でこちらを見る静留くんが、目の前に居た。

 もう一度、合歓さん、と名前を呼ばれる。

 顔を寄せ、熱っぽい目線が真っ直ぐ私を見据える。

 生まれてこの方、こんな間近で綺麗な顔を見たことがあるだろうか。自然と手が伸びて、白い頬に触れる。あたたかい。

「私……」

 頭の中では「近すぎちゃってどうしよう」なパーク的フレーズが鳴り響く。こんなに接近してしまったら歯止めがきかないのではないだろうか。

 うん。きかないね。しょうがないね。だってかわいくってどうしよう的なそれだしなんかもうしんぼうたまらん!

「もう、我慢できない……!」

「しょうがないですね、いいですよ……来てください」

 目を閉じた静留くんの手首を取って、床に押し倒す。抵抗しない彼の体を指でなぞって、ついに未開の地、下半身へ――。


 って、なんじゃこりゃーーーーー!!!


 は、と気付けば、私はいつものせんべい布団の中だった。


:::


「洗面所でパンツを洗うむなしさがよくわかったよ。高校時代、五月先輩の秘密の告白初夢精を鼻で笑ってしまったことを悔やんでいる」

「……笑われた五月さんのほうがお気の毒ね」

 昼休み。友人の野村妙子と食後のコーヒーを飲んでいた私は、今朝の顛末を語って聞かせた。

「というか、夢にまで出てくるとはまた……本当に、マジで、進展はなさそうなのね?」

 最後の言葉は、周りに人気がいないことを確かめた上、声を潜めて尋ねられる。妙子、さすが既婚者。気遣いの出来る女である。

「コレばっかりは。さすがに本人がいやだって言ってることを、強制はできないでしょう」

「とはいうけど、アンタが欲求不満ってのも、それはそれでかわいそうな話ではある」

 かわいそう、かぁ。でも、これが逆の立場だったらどうだろうか。

 性行為に恐怖を抱く彼女に、無理強いする彼氏はいないだろう。

「彼から手を握って「好きです」って言ってくれただけでも幸せだなぁって思うんだよねぇ」

 今でも思い出してはニヤニヤしてしまう。五月先輩に惚気るだけでは飽き足らないのだ。

「……変なところだけピュアなのな」

「えっへん、アタシは清純派!」

「清純派はそんな夢見ません」

 ぴしゃりと言い放たれ、たまらず「どーせアタイはお下劣女ですよう」とコーヒーをすする。

 あー、会社の安いコーヒーがなんだか物足りなくなったのは、静留くんがおいしいコーヒーを教えてくれたからだろう。

 次はどんなところにデートに行こうか。どんな新しいことを一緒にやろうか。今まで「男友だち」はいたけれど、ゲラゲラ笑ってくだらないことで盛り上がるとは違う、なんだか違う世界を見せてくれたのは彼だ。

 とニヤニヤしていると、スマートフォンに通知が来た。静留くんからだ。

 うきうきワクワクでアプリを開く。次のデートのことかな、と思っていると、そこには簡潔にこう書いてあった。


『今週のデートは、申し訳ないのですがキャンセルさせてください。ごめんなさい』


 忘れたころにやってくるんだよなあ、悲しいコトって。

 ……いやいや、なにか用事でもあるのだろう。しょんぼりした気持ちを抑えつつ、返信を打ち込む。ちょっと指先が重い気がするのは気のせいだ。


『連絡ありがとう! 了解しました。来週は会えるとうれしいな』


 彼女なので、一応期待する旨を伝えても良いじゃないか、と思って最後の一文は付け足した。

 手を握って、好きだと言ってくれた彼を信じよう。

「合歓、どーしたの。なんかあった?」

 顔を上げると、妙子が心配そうな顔でこちらを見ている。えっなんもないよ、と答えると、

「珍しく、アンタの顔からいきなり表情が消えたからびっくりして」

「えっ、ちょっとデートがキャンセルになっただけだよ? 大丈夫大丈夫。そんなことで真実の愛は離れたりしませんぜへっへっへ」

「……ならいいけれど」

 デートのキャンセルくらい、社会人なのだからあるあるでしょう。と笑って返す。


 でも、どこか、ほんの少し。

 盛り上がってたのは私だけかもしれないのかい? と聞きたい自分がいる気がして、ちょっとそれはご勘弁願いたいな、と思っているのだった。

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