12:彼女の心意気

【第123回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:おててつないで

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


;;;


「手……を……握られまして……」

「お前が間抜けなツラしてるのはそういうことか、小湊」

「おててつないで……」

「おーい、帰ってこい小湊」

 ごつっ、と容赦ないげんこつが頭にぶち込まれる。くそ、高校生じゃあるまいに。

 終業後、たまたま打ち合わせで顔を合わせた五月先輩に、世間話ついでに一昨日の出来事を話したのだった。

 静留くんの真剣な声、にぎられた手の大きさと体温――思い出すだけで頭がお花畑だ。ドーパミンがどぱどぱしている。先輩に小突かれた程度では緩んだ表情筋は戻らない。

「というか、お前ほんとに静留と付き合えてるのか」

「信じてくださいよホントです」

「乱暴してないだろうな」

 ギロリ、とオールバックのイケメンに睨まれると怖いんだなあ、と思いつつ、ほんの少し斜めに目線をやる。

「……ナニもシテませ……いや、最初だけ押し倒しましたが未遂ですホントです彼は清いままです!」

 自信満々に答えると、先輩は「おまえがなにかしてれば俺にも報告があるからな」としたり顔で言う。

 五月先輩と静留くんは幼馴染の間柄だと聞いている。

「昔から先輩は面倒見がよいですなあ」

 私のこともよくからかって……もとい、かわいがってもらったものだ。電算機部での先輩後輩関係だったこともあって、愛のあるご指導ご鞭撻といえば聞こえはいいが、まあ簡単に言えばバカやれるような感じだった。先輩はしつこい自分の質問にも(呆れながらも)何度も答えてくれたし付き合ってくれた。

 きっと、東京で傷心し、地元に戻ってきた静留くんにもずいぶん心を砕いたのだろう。そうでなければ、あんなことをされて社会復帰ができるものか。

「……あいつは優しすぎて、自分の身を滅ぼすんじゃないかと思っていたら、東京で案の定だ。変な女に引っかかりやがって」

 定期的にしていた連絡が途絶えがちになったのを不審に思った先輩は、東京出張のついでに彼の様子を見に行ったらしい。半ば無理やりコンタクトを取ったときの静留くんは、休職中ではあるものの、目も当てられない状態だったという。

「そんなに心配してるのに、私が彼女で大丈夫なんですか、先輩は」

「セクハラ防止研修を受けておいてよかったじゃないか」

「……やっぱりあれ、先輩の根回しでしたか。やーい、公私混同~……って言いたいですけど、男だろうが女だろうが受けたほうがいいんで別にいいです」

 ふん、と鼻を鳴らす。くそ、イケメンだからってサマになりやがって。

「おまえは面倒見がいい。俺ほどではないが」

「うわ、さりげなく自分をアゲましたね? とまあ冗談は抜きにして。私のこと信頼しすぎじゃないですか? 私も一応欲のある人間ですよ。次に会うときに理性が持つか否か」

 結構これはマジである。次回、ステップアップしちゃいたい欲が凄い。今からベッドのシーツを綺麗にダニ一つない状態にしなければならない……と真面目に思うくらいには。

「辛抱しろ。これ以上俺の大切な友人を壊すな。これは先輩命令だ」

「うへぇ、小姑だ。いや、小舅だ!」

「大事にしてくれ、あいつのことを本当に好きなら」

「わかってますよ。私にはもったいないくらいの優しいひとですからね」

 あんなにかわいい生き物を傷つける訳にはいかない。あんなに心躍る相手を失いたくない。だったら、いくらでも理性に蓋をしてやろうじゃないか。これぞ彼女の心意気だ。

「スケベと言われた私でも、それくらいの度量があるところを見せますぜ、先輩」

 胸を大げさに叩いてみせると、五月先輩はまた鼻をふん、と鳴らして「期待している」と、アニメか漫画の悪役のように言い残してその場を去っていった。

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