14:わたしの彼氏はカモフラなんかじゃない

【第126回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:歯車が狂う

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


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 火曜の午後から、家に帰るまでのことを、私はあまり覚えていない。

 仕事、は、なんとかしていた記憶がある。

 車での帰路も、事故は起こしていないはずだ。

 ……家では、スマホのメッセージアプリを何度も見返しては、既読のつかない自分の発言に、ため息をついていた。



「――で、って、小湊さん、聞いてます?」

「はいっ?!」

「だから、ここですよ。この部品の話」

 後輩に指さされ、やっとどんな話をしていたかを思い出す。

 いつもの仕事場で、後輩に疑問点を聞かれて、それに答えていたはずだったのだが。

 問われた部分について教えると、後輩は「やっと教えてくれた」と若干つかれた様子だ。

「えっ、あの、やっとって?」

「何度も話しかけてやっっと答えてくれたので……どうしたんですか。最近、変ですよ」

「あ、え、そーかな……?」

「みんな心配してますよ。覇気がないって」

 具合が悪ければ帰ってくださいね? 冷たいようで優しい後輩が言う。

「いや、元気ー、なはず……」

 なんとなく原因はわかっているのだが、アレが理由ってのも、なんだか情けないというか、そんなことで落ち込むのは性に合わないというか。

「小湊さんが元気ないと、ウチらもなんか、やる気なくなるんで。まあほんとにヤバかったら帰って下さいよ」

 じゃあ持ち場戻りますわと背を向けた後輩を見送る。

 そんなに私はヤバく見えるのか。

 はあー、と重たいため息をついて、再度機械へと手を伸ばす。


 いやー、まさか恋人に会えないからって、ここまで落ち込むの、おかしくないか……小湊合歓よ?


 まるで歯車が狂ったようだなぁ。

 そんな感情を振り払おうと仕事に集中することにしたのだが、やはりどうにも、上手くいかなくて、その後の仕事も散々であった。



 花金の夜である。

 いつもなら明日に備えてウキウキワクワク、心も踊るはずの足取りは、重い。

 退勤前に、総務に届ける書類をひらひらさせながら本棟を歩く。滑り込みで書類を預け、落ち着かない廊下を歩いていると、防火扉のついた階段の影から「やめてください」とささやくような声が聞こえた。

 すわなにごとぞ、と思わず近づく。

「やだなあ、もう仕事は終わってるんだから。これはプライベート」

 わあ、社内恋愛? だ? と、自分を棚に上げてしまう。まあ、恋人同士のフライング逢瀬なら見なかったことにしようか、と思ったんだけど。

 なんかあの声、聴いたことがあるんだよなあ。

「やめっ……」

「なんとなくわかるんだよ。髪形とか、態度とか、言葉使いとか……腰の動き、とかからさ。君、仲間だろ」

「そんな、言いがかりです、なんで」

 つい聞き耳を立てる。さっきから強気な声は男性で、弱気なほうは、か弱い声だけど、男性か。なるほど?

 ……あれ、あれあれ?

 あ、あれ。この声。

 静留くんに似てる?

「如月くん、ほんと、可愛いなあ。嗜虐心そそられる。ねえ、電子工場のセクハラ女はカモフラなんだろう?」

 苗字と「電子工場のセクハラ女」という単語が出た。ビンゴだ、と思った瞬間、私は防火扉の向こうに踏み込んだ。

「ちょっとおにーさん、私の彼氏になにか御用で? そんな至近距離でお話する必要のある守秘義務でもあるんスか?」

 静留くんを壁に押し付ける形だった男性――知らない顔だが、静留くんと似たような恰好なので、おおよそ事務方の社員だろう。歳のころ40代のオッサンだ。私も似たようなものだが今はどうでもいい。おにーさんなんて呼んだのは慈悲だ慈悲。

「は……っ!? なんで電子工場のやつがここに」

「本棟くらい用があれば来ますよ、現場でも。ましてや、恋人をお迎えに来たんならなおさらです。ご用は済みました? 早く私、彼とイチャイチャラブラブするためにタイムカード切りたいんですけど」

 まくしたてつつ、静留くんの腕を取る。「合歓さん」と戸惑ったままの彼を引き寄せる。

「それとも、今から人事にご一緒します? さっきから会話まる聞こえだったんで、スマホに録音、綺麗にできてるといいな~」

 ズボンのポケットに手を入れる。男性の顔色があからさまに変わった。

「くそ、君たちも早く帰りたまえ。余計な残業をして上司にどやされたくはないだろう」

 そう言うと、そそくさと階段を下りていってしまった。

 釈然としないが、とりあえずのため息をつく。

「……と! ごめん、長々と触って」

 慌てて、静留くんから体を離す。

「合歓さん、僕、その」

 明らかに怯えた……というか、震えた声の静留くんがあまりにも不憫で、もう一回抱きしめて落ち着かせたい衝動に駆られる。

 でもまて小湊合歓、ここは会社だ。さっきのオッサンじゃないが、タイムカードもヤバい。

「細かいことは、外出てからにしよう?」

 傍らに落ちていた、静留くんの通勤カバンらしきものを手に取って、私は促した。



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