15:君の気持ちがわからない
【第127回 二代目フリーワンライ企画】
使用お題:ご遠慮ください
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
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私も静留くんも押し黙ったまま、退勤の処理をして会社の門を出た。外はすでに薄暗くなっていて、同じように帰路につく社員が足早に去っていく。
静留くんが立ち止まり、頭を下げる。
「……ありがとう、ございました。助けてくれて」
うつむいたまま、静留くんが言う。
「恋人のピンチだったもの。あれ、もしかして静留くんの上司? だったらちょっとマズかったかもって」
さっきは思わず強気な態度をとったけど、自分の部署ではないために、どんな影響が出るかわからない。立ち聞きした話からするに、私への印象は良くないようなので、今になってやらかした……と思い始めているのは事実だった。
「あのひとは、一応先輩、です。でも、態度がしつこくて……その、僕に、その」
「言い寄ってきてたの?」
はい、と消え入りそうな声が返ってくる。
「あの、さっきあのオッサンが言ってた『カモフラ』って――」
先程聞こえてきた発言の一つを尋ねると、静留くんはますます下を向く。
すると、ぽつ、と手のひらに何かが落ちる。
雨、だった。そうこうしてる内に雨足は強くなり、傘が必要なほどの降り具合になってきた。静留くんは慌ててかばんを探るが「傘ない……」と力なくつぶやいた。
彼はバス通勤組で、なおかつここから停留所まではそれなりに距離がある。下手すればずぶ濡れだ。
「送ってくよ」
当たり前のように申し出る。退勤時間が重なることは少なくて(静留くんは結構残業するし、私も勤務形態が違う)一緒に帰れるなんてラッキーだ。
だって、明日は会えないんだし。だったらせめて車デートのようなものを期待したっていい。
珍しく打算(下心だな下心)100%からの発言で、自分でも必死だなと思っていると。
「……いえ、自分で帰ります」
「へ」
あからさまな拒否だった。
いつもの柔らかさなど欠片もない硬い声に、私は全身が凍り付く。
「でも、雨が」
「平気です」
なんでそんな、強い拒否をするんだろう。「ちょ、ちょっと」と言いかけると、静留くんは背を向けて歩きだしてしまった。
「待っ……」
いくらなんでも、ちょっとこれは堪える。明日の約束はキャンセルされているのだ。ちょっとくらい話をしたっていいんじゃないのか――そう思って、衝動的に駆け寄り、手を伸ばす。
お触りご遠慮ください、を無視して。
掴んだ右腕は、薄いワイシャツの袖がすっかり濡れてくっついている。男性にしては細い腕は、ちょっと力を入れただけでも痛がりそうで。
ぴたり、と彼の足が止まる。
「これ以上は濡れちゃうよ。風邪ひくって」
「……なんで」
かすれて小さな声が聞こえる。背中がびくり、と動く。
「なんで、合歓さんは、僕なんかに……」
「なんかって……だって私、あなたのこと」
「……僕は、貴方に愛される資格はないんです」
掴んでいたはずの手が、力強く振りほどかれる。
「僕にはないんです」
振り向かずに静留くんは走りだす。
待って。ごめんだけど、彼の言ってる意味が、私にはわからなくて。
拒否されたこと、オッサンに言い寄られてたこと、デートを反故にされたこと――全部全部ひっくるめて、私はなにも分からないぞ!!
「なにもなく、ないから!!」
大声で叫ぶ。そして、荷物を全て投げ捨てて全力ダッシュして、彼の背中を捕まえる。
お触り厳禁もへったくれも、今はあるもんか。
後ろから思い切り抱きしめて、動きを止める!
「嫌だ。行かないで!」
私は、私の欲望のままに生きている。
今までも、これからも、誰といても同じだ。
さっきだって、変なオッサンに絡まれてるのが嫌だっただけだし、なにより、折角会えたのにこんなことってない。
我慢できないんだよ、こういうことは。
私よりも少し大きな、でも、ちょっと細めの静留くんの体が、きゅっと固くなった。
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