20:わたしは社会人らしく抗うぞ

【第132回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:ガラスのハート


#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


:::


「は、犯罪」


 静留くんは、まるで自分が犯罪をしてしまったかのように顔を引きつらせる。そこまで話が飛躍すると思っていなかったのだろう。

 

「……ごめん警察官とか弁護士じゃないから、絶対に犯罪だとははっきり断言できないんだけども。いや違うな。見知らぬ人だって痴漢したら犯罪じゃん……知ってる人だからってそうでなくなる訳ないし。だから、取り急ぎ総務に相談を――」


 なんとか職場の状態だけでも、改善せねばいけない。

 しかし、静留くんの表情は一向に晴れやかにならない。彼は「でも」と言いよどむ。


「……わかって、くれるでしょうか」


「わかる……というか、事実関係を確認して、該当部署での対策をするのが関の山なんだけども……ってたしか資料にあったような」


 そうですね、と蚊の鳴くような声で静留くんは言う。たぶん、わかってはいるのだ。しかし乗り気ではない様子が、なんとももどかしかった。


「……わかって、るんです。僕がただ、怖がってるだけです。自分の訴えが『なんでもないこと』って言われたら、怖い。それくらい、僕は自分が情けない人間なんです」


「でも、触られて嫌なのに、やめてくれって言ってるのにやめなかったんでしょう。勝手にひとの指向を決めつけたのはあのオッサンが先なんだし、そもそも職場の人間の体を勝手に触るのは、常識的な社会人としては――」


 ありえない、と続けようとして、言葉に詰まる。

 ……お前、目の前の男を襲おうとしたことがあっただろう!!

 言ってることとやらかしたことが一致しないじゃないかああああああ。

 今更ながら過去の罪を思い出し脂汗がにじむ。


「……ごめん、私も常識がない社会人だったんだよなあ」


 男の人だって、いきなり自分の体を触られてうれしいはずがないのだ。性別だとか立場だとか年齢だって本当は関係ない。

 私もあのオッサンと同じなのだ。静留くんが「かわいい」「そそる」「綺麗」そして「触っても抵抗しなさそう」と思っている節があったからだ。

 職場の先輩だというあのオッサンならば、私よりも抵抗がないだろう。なにせ後輩である。静留くんはあの通りの性格だから、絶対に皆の居る前で嫌がったりはできいだろう。私が見たときは、きっと二人きりの空間に連れ込まれたからなんとか言い出せただけだ。

 自分の情けなさに天を仰いでいると、静留くんが「あの」と、顔を上げた。

 

「でも、合歓さんは分かってくれましたよね」


「君が嫌だときちんと言ってくれたからだよ」


 そうなんだよなあ。あの夜、静留くんが諦めていたら、もしかしたら元彼女の様に歪な関係になっていたかもしれないのだ。

 言うことを何でも聞いてくれる、可愛くて綺麗な恋人を支配する快楽はいかほどだろう。

 想像して、寒気がした。自分の中にある支配欲とか、だれかを虐げて気持ちよくなろうとする気持ちが頭をもたげた。カフェに行った時、口元の泡を舐めたいと思ったときに感じた、彼を好きなようにしたらどうなるんだろうという好奇心に隠された気持ちだ。

 

「……そう。そうなんだよ。嫌だって言おうよ」


「合歓さん?」


「使えるものはなんでも使おう。それこそ、我らが頼りになる先輩だって、会社だって。証言なら私もできる」


 ……あのとき、ポケットに手を突っ込んだフリをしただけだったから「証拠」はないけれど、私が確かにこの耳で聞いたし、止めにも入ったんだ。


「君の恐怖は『なんでもないこと』じゃない。そして私たちは、腐っても社会人だ。だったら、社会人らしく抗ってみようじゃないか。大丈夫、私が君の味方になる」


 可愛い恋人の、ガラスのハートを守ってみせようじゃないか。

 これ以上、砕かれてなるものか。

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