19:わたしの彼氏は優しすぎる

【第131回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:眠気が吹き飛ぶ/ぺらぺら

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


:::


 ――いざ、初キッスじゃ!!

 鼻息が荒くなる。ええいままよ、と顔を近づける。ここか、というところで、えいやと押し付ける。

 ふにゃん、となんだか柔らかいものが唇に当たった。


 ……したぞーーー!

 初キッスじゃーーー!?


 頭の中が前回同様運動会ラストスパート的な興奮に満ちる。と、その瞬間。


「痛っ?!」

 

 ごきっ、と鼻が強い衝撃でぶつかった。柔らかい感触が離れて、はあ、と静留くんの吐息が聞こえた。


「な、ななめにしてみてください、顔、を」


 かすれた声がなんだか淫靡である。言われるがままに斜めにする。再び柔らかい感触が唇に当たる。今度はちょっと、湿っている。

 んん、とくぐもった声が聞こえる。声の震えが唇を介して伝わってくる。

 どちらともなく体を引き寄せて、ぴったりとくっつける。その間、息を止めて数秒。

 

「――んはっつ!?」


 息ができねえええええっ!?


 息苦しさに顔を離してしまった。き、キスとは呼吸を止めるものだったのか?!

 混乱していると、静留くんが「合歓さん」と気遣う声で呼ぶ。


「あ、の、その、鼻で、息すればいい、ので」


「はな……っ! しかしその、鼻息が」


「気にしませんよ! あの、たまに、息継ぎしてもいいので」


「で、ではその……もう一回」


 今度はこちらから体を寄せて、ついでに頬も包み込んでみる。ぺらぺらと前髪もめくって、顔をはっきり見えるようにする。ねむさんっ、と焦る声を遮るように、先ほどのように斜めに口づける。


 ……や、柔らかい。もっと強く押し付けてもいいのかな。もっと、近くに居たい。

 よくわからず、力任せに押し付けていると、静留くんが角度を変えてきた。ぬる、と唾液が溢れて、唇を滑らせる。たまらず鼻息が荒くなるが、静留くんは抱きしめる力をさらに強めてきた。

 静留くんの、いつもの柔軟剤の甘い香りがする。

  ……なんだか、あれだ。

 きもちがいいねえ。



「……してしまいました」


「してしまいましたね……」


 唇が離れて、なぜか私たちは正座で向き合っていた。静留くんは相変わらず顔を真っ赤にして俯いているし、私自身もどうすればいいか分からず、背を丸くしてしまった。

 してしまった。してしまったぞ……と、己が行動におののいているのだ。いやいや待て待て、以前貴様はセルフプレジャーなる甘美な行動をしたはずではないか。

 だがしかし、いやしかし、そのとき感じた謎の背徳感などないのだ。なにせ合意である。一方的にしたわけではないのだ。そんな幸せなことがあるだろうか。

 頭がぼんやりして、なんだか腹の辺りが――ぐう、と鳴った。


「……おなか、空きましたね」

 

 クスッ、と静留くんが笑う。よくよく見れば、すっごくすっごく優しい顔をしている。あ、好きになってよかった。こんな顔を、こんな笑顔を、自分に向けてくれるなんて。

 幸せじゃないか。

 なのに、腹の虫は私のロマンチックなそれを無視して「はよ飯食わせろ人間の基本的欲求じゃあああああ」と叫んでいるものだから、しんどいことこの上ない。

 いやいや待て待て(二度目)ここでハイサヨウナラってなるの、嫌じゃないか?


「あのー……うちで食べていきます? あの、その、一緒に、居たいので、ヘイ……」


 一応、なんのことはないような調子で尋ねる。時刻は既に二十時で、普段ならば自宅に送ってサヨウナラな時間に近いのだ。今までならば。もちろん、本人が望めばいくらだって送り届ける自制心は……えーと、爪の垢くらいはあるかな……自信ないのが本音だけど。

 すると静留くんは「あ……っ?!」とひっくり返った声を出して、顔を手で覆った。やめて可愛すぎる。


「……ご一緒していいですか。あの、僕も一緒に居たいです」


 頭の中で、所謂祝福のラッパが鳴った気がした。



 ――とはいうものの。


「うちにあるのは冷凍食品ばかりなのですが……申し訳ない」


「気にしませんって、今さら」


 温めたワンプレート系冷食を目の前にしても、静留くんは文句の一つも言わなかった。静留くんは「なんか簡単なものでも作りますか?」と一言目には提案してくれたが、すぐに「あ、ストック……」と察した。そう、うちには基本的に「食材」なるものは存在しないのだ。静留くんと料理をするときだけ材料を揃え、どうしても余ってしまうものは彼が持ち帰っていた。

 うちにあるのは、冷凍庫にぎっちり詰まった冷凍食品か、コンビニのお惣菜のみである。


「最近の冷凍食品は本当においしいですからね」

 

 と、フォローを入れてくれるのがいじらしい。

 そんなこんなで、温めた冷食をもくもく食べる。お腹が空いていたので話もせずに食べ終えてしまうと、静留くんが「あの」と会話を切り出した。


「改めて、さっきはありがとうございました。その、い、言い寄られてた所を」


「そんなの、恋人が言い寄られてて黙ってられないからね。私はいいんだけど……」


 ふと、あの時聞き損ねた「カモフラ」という言葉がよぎる。静留くんも、たぶん察してくれたのだろう。「言える範囲で、言いますね」と尋ねてきた。


「……僕の性的指向……ええと、抱きたいって思うのは、女性です。でも、女性に……元彼女に、道具で抱かれたこともありますし、一度だけですけど、男性に抱かれたこともあります」

 

 目を伏せ、耐えるような表情で打ち明けられた。


「もちろん、職場ではそんなこと一言も言ってないんですけど。でも、あのひとは、ときどき体……その、見られないようにさりげなく太ももとか、お尻にも触ってきて、でも、同性だからスキンシップって感じでしょうって、うちの部署ではなんにも気に留めてもらえないので……」


 まあ、私から見ても静留くんは、ちょっと頼りなげで、線の細さを感じるし、なにかしら感じるひともいるのだろう。

 それでも。


「でも、言ったら先輩のアウティングになる。僕でさえ、合歓さんと五月先輩にしか、元彼女のことは話してないんです」


「あの、ごめんなさい、アウティングとは……?」


「ええと、勝手に第三者が、ひとの性癖とか、性的指向とか……今回の場合だと、あの先輩が同性愛者だっていうことを、本人の意思とは関係なく触れ回ってしまうことになります。すごく、辛いことだと思うので」


 ……この後に及んで、静留くんはなんでそんなに優しいのか。

 ううむ、別の怒りが湧いてきてしまう。ていうか、食べた後のあの微妙な眠気が眠気が吹き飛ぶ話だな?!

 

「それは、静留くんのせいじゃないよ。相手が勝手に決めつけて、勝手に言い寄ってきただけだよ。君は嫌だってきちんと言ってた。っていうか完全にこれ、総務に言う案件どころか、セクハラってレベルじゃないじゃん。性犯罪じゃん」



 

 

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