私の彼氏は可愛いので我慢するのが大変だ(性的な意味で)

服部匠

1:わたしの彼氏はめっちゃ可愛いから大事にしよう

2020/04/18

【第109回二代目フリーワンライ企画】

睡眠時間が足りてない

ご自由にお持ちください

ハニートラップ

無難な選択

過激派の粒あん至上主義


この中から一つ以上選んで執筆してください!22:30より開始です

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


使用お題:ご自由にお持ちください/ハニートラップ/無難な選択/過激派の粒あん至上主義



:::


 ご自由にお持ちください、と酔っぱらって自棄になった静留しずるくんが言ったので、言葉通りに「持って帰った」のがきっかけだった。

 単刀直入に言えば私は彼に惚れていた。虎視眈々と狙っていたのだ。それが目の前で「ご自由に」なんて言われたら、想いの丈をぶつけてしまうのは至極当然の流れ。

 女がお持ち帰りかよ、という同僚のぼやきなどなんのその。

 ほんわかして顔が綺麗で、なんといっても天然で人が良すぎて泣いちゃうところがたまらないから今すぐ付き合ってください私のものになって下さいついでにそうだベッドインしましょうそうしましょう、なんと今なら私の部屋には必要なものは全てそろっておりますよグヘヘ。優しくしますめっちゃ優しくするからお願いします!

 ……とまあ煩悩全開で迫ったのが駄目だったのか、わあわあと泣きじゃくるものだから、その背中を撫で、彼の日本語にならない愚痴にとりあえずうんうんと一晩中頷いていた。もちろん、身体を無理やり開いてはいない。

 そうして迎えた朝、互いに素面でもう一かい意思確認をすると、なんとびっくり「OK」の返事が来てしまった。ええっ、一晩中煩悩と戦ってた私だけどいいんですか?


 というわけで、無事に恋人同士になった彼とハッピー☆な恋人生活が始まった訳だけど……。


:::


「粒あん、は、だめなんです!」

 大真面目な顔を近づけて、静留くんは言う。童顔の彼が睨んだところでさほど怖くはない。なにせ、普段は優しく小動物的かわいらしさが漂う三十二歳成人男性だ。繰り返すが三十二歳の成人男性にかわいらしさがあるのかっていったらあるんだよ奇跡的に。

 砂糖とケーキとハーブティーが似合うんだよ! この綺麗な顔の三十二歳には! へらって笑うだけで女も男も落ちるんだよ天然のハニートラップかよ!

 ……とまあ惚れた女の戯れ言は置いておいて。

 事の始まりは、いただきもののあんパンだった。中身のあんこは上品なこしあん。もちろん、桜の塩漬けが乗っかったアレだ。

「いくら合歓ねむさんの持ってきたものでも、これは食べないんです。ごめんなさい」

「頑固だね君。折角もらったのに。高級なんだよ~これ」

「知ってますよ、東京の老舗でしょう」

「でしょでしょ」

「だからこそ、です」

 OH頑固だね、とおどけて返すと「ごめんなさい」と返ってくるだけで、要領を得ない。

「いやまあ世間にはね? 過激派の粒あん至上主義ってのがいるとは私も聞いてましたけどね? まさか静留くんがそんな頑固な一面があるなんてね?」

 いやべつに、私は怒っている訳ではないのだ。彼が食べなければこの高級なあんぱんはすべて私の胃袋に入るだけであって。そもそもこしあん一択しかないのも問題だろう(いただきものだということをすっかり忘れているのはこの際突っ込まないでくれたまえ)。

 だが、普段ニコニコと「いいよいいよ」なんていう彼が、頑なに「いらない」「食べない」と言うものだから、なにがあるのだろう、と新米彼女としては気になってしまうだけなのだ。

 さらに困ったことに、可愛い私の彼氏はしょぼくれている。いじめるのは本意ではないし、なによりこんな可愛そうな顔をさせてしまったことに、だんだんと罪悪感が湧いてくる。

 繰り返すが三十二歳成人男性である。いや別に男性がしょぼくれちゃダメなんていう法律も決まりもないのだが。

「……いや、うん、食べないのはいいんだ~。ただ、一緒に食べたら美味しいかな~って思っただけでね? うん、無理強いしないよ。ごめんねなんか恋人っぽいことしたいなって思った私のわがままだったんだなー」

 ハハハハ、と乾いた笑いでごまかすしかなかった。

 完全に私が悪いだろ、これ!

 恋人いじめてどうすんの!

 ……と、軽い自己嫌悪に陥っていると「合歓さん」と、静留くんが袖を引っ張ってきた。

「……そこのこしあん、元カノが、好きだった、やつで」

 うつむいたまま、彼は呟く。

「――そっか」

 あの日静留くんが「ご自由に」なんて自棄になっていたのは、元カノに捨てられたからだった。話を聞いた限り、元カノは優しい静留くんにつけこんで好き放題していたらしい。お金の面でも、精神的にも、身体的にも。男だからと無体をされたとあの夜涙ながらに話していた。

「静留くーん」

 あんぱんの箱を戸棚にしまい、彼の手を取る。

「静留くんの好きなパン、買いにいこ」

 ね、と手を引く。

「……いいの、僕の好きなやつで」

「そりゃあいいに決まってる。新米彼女に教えてよ、静留くんの好きなもの」

 今日は休日だもの。美味しいパン屋さんに遠出だってできちゃうんだから。

「……教えてもいいんだね」

「そりゃあ、私はあなたが好きだもの」

 あの夜、無理やり襲わなくて良かったなあ。無難な選択、ってやつだ。

 あはは、と笑う静留くんはやっぱり可愛くて、幸せにしてやるぞー! と新米彼女は思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る