2:ぼくの彼女はきっと我慢している
【第111回 二代目フリーワンライ企画】
使用お題:聞き分けのいい子
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「
最後の最後で優しい指使いで頭を撫でられるのが好きだった。彼女のいう事を聞いていれば、いくら仕事で理不尽に振り回されても、自分は自分なのだと思うことができたから。
だから、薬やら道具やらで責めたてられて、こっちの意識がもうろうとしたとしても、彼女が満足するまで夜の営みは終わらなかった。むしろ、自分の体がどうなろうとも、彼女が満足することが最優先だったのだから。
だって彼女を失ったら、僕は男らしくもなんもない、よくわからないものになる気がして。
一緒に食事するときも、僕に決定権はなく。全て彼女が食べたいもので、彼女が行きたいところにに行くのが常だった。
僕の体が先に使い物にならなくなって、お金もなくなってきて、それでも僕らは恋人なんでしょう、と勇気を振り絞って話した夜に、僕は彼女から別れを切り出された。
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彼氏である静留くんとは、清いお付き合いが続いている。
たとえば、休日に本屋だとかパン屋だとかお菓子屋だとか、そんなところを巡って、それぞれ自分の好きなものを選んで買う。晴れていれば公園で、雨なら私の家で、お互いに分け合って食べたり、本の貸し借りをしたりする。
そのあと、アダルティな雰囲気になってホテルとかベッドにどうぞ――なんてことは基本的にない訳だ。別に悔しくない訳ではないけど、彼が望んでいないことをすることは出来ないだけです。
そう、なんとキスすらしていない! 中学生か! いや中学生でもキスするぞ! なんならおっとこれ以上はスケベなので言えないが、むしろ幼稚園児でもほっぺにチューくらいするだろうが! ……とは思わんでもないのだが、彼が望まないのだから仕方がない。むしろ襲おうとしたのに付き合う度胸があるだけでも凄すぎる。
「僕の選んだ明太子フランスパン、どうかな」
今日も今日とて、パン屋めぐりで見つけた「静留くんの好きなパン」を買って帰ってきたわけですよ。お天気は曇りで微妙なので意気揚々と自室に引っ張り込みました。なにを期待している訳ではないんですよ。ええ。でもほら人目があるとイチャイチャできないじゃないかほら……。
という私のヨコシマな気持ちはさておいて、可愛い彼氏が訊ねてきているので、ご期待通りに応えようと思う。
「焼きたてって本当に美味しいんだね! 外はパリパリで中はふんわり、小麦の香りがふわっとする中での背徳的な明太子の旨味が! これは米じゃないのに……小麦粉なのにっ……でも合う……最高……! って感じ、したけど!」
自分の中の語彙と感覚をフル動員してみた。実際めちゃくちゃ美味しかったのだが、静留くんが選んだものなので出来れば当社比30%増しくらいで伝えたかった。
期待の眼差しで見つめると、静留くんはちょっとだけたじろいだ様子になる。あれどうして。
「そこまで細かく感想言う人、初めてだから、驚いて」
「そ、そうかな」
気張りすぎたか!!
「でも、気に入ってもらえてよかった。好きじゃなかったらどうしよう、ってすごく心配しちゃって」
静留くんが大きく安堵したような表情になる度、見知らぬ「元カノ」を非難したくなる。どうして人に好きになってもらうのに、自分の気持ちを殺さなくてはいけないのだろうと。
ちょっとだけむしゃくしゃしたので、バケット生地を大きめにちぎり、はいどうぞと差し出す。自分で選んで自分で買ったくせに、静留くんは「いいの?」なんて首をかしげる。
「いっしょに食べようよ。てか、静留くんが選んで買ったものだし」
「気に入ったんなら、合歓さんが全部食べてもいいんじゃないかなって」
「いやいや、美味しいものは好きな人と分け合いたいじゃないですか。それが静留くんの好きな物ならなおさらですよ? さあ一緒にかぶりつこう!」
楽しい時間を。楽しい会話を。遠慮がちに微笑むカワイイ静留くんが見られるなら、無理に大人の付き合いをしなくなって私たちは「恋人」だ。
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合歓さんは、たぶん、僕を撫でない。
彼女はいつだって隣に居て、それぞれ違うものを選んでも、一緒に楽しめる。
「君の行きたいところにいこう、君の嫌がることはしないよ」
いつまでそうやって笑ってくれるのか、不安になるから。
もう少しだけ、待っててください。
もう少し、時間をください。
貴方に本当に「好き」と言えるまで。
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