28:わたしの体は大丈夫なのか?

【第140回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:汗と涙の結晶/レベルアップ

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


:::


「……で? 鼻息荒くして私に相談って」


「ですからその、夜の手ほどきをお願いしたいです!!」


 水曜の夜である。

 さすがに夏の気配は引っ込み、夜になると時々涼しくなるような気候。

 私の部屋には、同僚であり友人の野村妙子が缶ビール片手に座っている。


「なるほどね、だから家飲みなんだ」


「そうなんですよお惣菜もお酒も全部用意いたしましたのでなにとぞ、なにとぞ。あっもちろん私はノンアルコールであなたさまを送迎いたしますのでハイ」


 テーブルにぞろりとそろえた惣菜と酒を差しだし、ハハーッと家来よろしく頭を下げる。

 そう。今日彼女を家に招待し、こんな接待をしているのは、夜のムフフに関しての女性側の知識を得るためである!! レベルアップを目指すために!!

 性に関してかなりあけすけな話ができる友人は、女性では妙子しかいない。


「まあ、仕事のトラブルも一応、解決したといいますか……落ち着いたのでですね。そろそろその、あのう、大人の階段をですね」


 前回、家に誘ってみたはよかったが、私が泥酔してなにもできなかったという顛末だった。翌日リベンジと思ったが、静留くんが用事があるとかで朝でお別れとなったのだ。うう、タイミングが悪い。


「三十路も過ぎてなにが大人の階段……とは思うけど。ま、せっかく合歓に恋人ができたんだし、良い機会か」

 ぐびっ、と缶ビールを飲みほした妙子の態度に、私は色めき立つ。

 さあどんな直接的な単語が出てきてもここは私の部屋だ! 気にしないでくれ! と期待の目を向ける。


「合歓、生理は来てるか?」


「はい?!」


 実は盛大にずっこけた。ま、まさかそこから聞かれるとは思っていなかったからだ。


「いや、ええと一応来てますけど」


「異常はないか? たとえば、生理の周期だとか、生理痛がひどすぎるだとか、経血が多すぎるだの、生理じゃないときに出血があるとか、その、おりものが多すぎるだとか、デリケートゾーンがかゆいだとか」


「えー……と?」


 小湊合歓、夜のムフフの手ほどきをしてもらおうと思ったのに、なぜ検診みたいなことを聞かれねばならんのだ?!

 目を店にしていると、妙子は「答えたくなければ答えなくてもいいんだが」と気遣ってくれるものの、たぶん私の疑問とはどうもずれている。


「あのう、わたくしはその、ベッドインの心得だとかそのお作法を」


「いやその前に。セックスって具体的になにをするのか知ってるんだろうな?」


「ええとその、凹凸をこう、合体させるアレでございますか」


 なるべくお下品にならないように言葉を選ぶ。妙子は「そりゃあそうなんだけどさあ」と呆れながら、もう一瓶、ビールを開ける。


「股の奥ってのは、いわば内臓みたいなもんなんだわ。自分の体の状態を知った上で楽しむのがセックスだと思うね、私は。あと、相手が過去にだれかと交際済みなら、性感染症の検査をお願いするのもいいだろうね。さすがにブライダルチェックまでうやれってのは、結婚とか子供を意識させるから無理にとは言わんが……せめて、自分の性器になにか異常がないか、具合が悪くないかだけは気にかけてほしい」


 ほあ、と間抜けな声を出す私に、妙子は「いや、合歓の聞きたいことも後で答えるけどさ……」と頭をかく。


「別に前時代的な『女だから身体を大事にしろ』って意味じゃない。合歓が男でもおんなじこと言ってるさ。それくらい、存外に性器ってのは鈍感だし、自分じゃわかんない部分なんだよ。どんだけ普通に暮らしてても、性器になにか異常を抱えてるなんてザラにいるんだわ……って、大人になってから知ったからさ」

 

 ハンディサイズのビールにライムのくし切りを差し込んで、ぐいっと一口飲む妙子は「えらそうにごめんな。いろいろあってさ」と謝る。

 既にパートナーがいる妙子が言うからこその言葉に、私は単純に考えていた自分を恥じた。


「ま、なにはともあれ……避妊具は使うのは当たり前だし、爪も短く切るように相手に言っとけ。あと大事なのは同意だ」

  

 そう言うと、妙子は自分のスマホを取り出し、一つの動画を再生する。

 性的同意を紅茶を用意することになぞらえたイギリスのものだと彼女は説明した。


――「相手が紅茶を要りませんと答えたなら、紅茶をいれるのをやめてください」


 相手を思いやり、相手の欲しいこと、してほしくないことを尊重すること。とても単純で当たり前のことなのに、なぜあの欲望の前でかすんでしまうのだろう、と頭の片隅で思う。


「私たちの世代は、こういう感覚を知らないままに大人になっただろうって思うことはあって。良い時代だな、まさに汗と涙の結晶だ。ま、合歓なら大丈夫だと、思うけどな」

 

 少しばつの悪い顔で「それはどうですかね……」となってしまう。なにせ最初の告白の仕方が不味かったのだから。


「知ってるのと知らないのじゃ全然違う。さ、今度は本当に合歓が興味のあることを教えようじゃないか」


 いざゆかん未知の快楽へ。ニンマリと笑みを浮かべた妙子はまさに色っぽくて、私は「どこまでも付いていきます師匠! さあおつまみをどうぞどうぞ」と調子のいいことを言うのだった。


:::


◆作中での「性的同意」に関しての動画の元ネタについて


『必ず知っておきたい「性的同意」の話。紅茶におきかえた動画を見てみよう』https://www.huffingtonpost.jp/entry/content-its-simple-as-tea_jp_5dfd6ff1e4b05b08bab5b8fc?utm_campaign=share_twitter&ncid=engmodushpmg00000004 (HuffPostJapan)より引用しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る