29:煩悩の叫びとはこれ如何に
【第141回 二代目フリーワンライ企画】
使用お題:余計なことは考えない
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
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「ひえ、ごちそう」
土曜日の夜である。私は今、静留くんの部屋に居た。
ごちゃごちゃした私の部屋とは違い、シンプルかつ、物の少ない1LDKの部屋は異世界そのものだ。シャレオツなテーブルの上には、ローストポークやらカルパッチョ、野菜スティック、なんかよくわからないが美味そうなパスタだの、たくさん乗っているではないか。げっ、なんか美味そうなチーズの漬けたやつがある。
「飲みますよね?」
そう言いながら、静留くんが手に持っているのは純米大吟醸の瓶である。うわ、なんか昔おっちゃんに自慢されたプレミアもんの銘柄じゃないか、と叫ぶと「なんか五月先輩が譲ってくれまして」と言うではないか。なんなんだあのメガネは。
「いやあなんか、すいませんねヘヘヘ。ここまでもてなしてもらえるとは思わなかったので」
「いえ、僕が合歓さんにお礼がしたかったので」
そう言いながらはにかむ静留くんの頬が、心なしか朱に染まる。
「お礼だなんてそんなハハハ」
一連の騒動――セクハラ騒動――のお礼として、静留くんの手料理を存分に味わうために、私はこの部屋に招待された。
いや手料理なんぞ、私の部屋デートでしているではないかと思うだろう。しかし思い出してほしい、私の部屋の台所を。冷蔵庫の中身はコンビニ弁当惣菜、あとは冷凍パスタと枝豆だけがぎっしりと詰まっており、マトモな包丁や鍋がない家だ。故に、静留くんの手料理の恩恵を受けるにはちと不便なのである。
「さあ、冷めないうちに食べてもいいですか静留くん! あっ酒を注ぐのは互いにやりましょうやさあさあ」
用意してもらった小ぶりのグラスに日本酒を注ぎあい、乾杯する。
「いただきます」と丁寧に手を合わせ、手料理を堪能し始める。
なにを食べてもおいしい! おいしいい! と語彙のないことしか言えない私を見る静留くんは目を細め、うれしいですねえ、とグラス片手に呟く。
そうこうして全ての料理を平らげた私は、作ってもらってばかりで気が引けるので、片付けだけはなんとかやった。とはいいつつも、他人の家である。結局静留くんにあれこれと聞きながらやったので、ふがいないのは変わりなかったのだが。
と、ひと段落したところで、私は改まって彼の前に正座した。
日本酒は、ほろ酔いする程度にとどめた。(酒は好きだからセーブするのは辛かったが、料理がうまかったから我慢できた)勢いは大事だが、前回の失敗はしたくないし、相手に対しても誠実ではないだろう。
「あの、改めて言いたいことがあります」
改まった態度に、静留くんは真面目な表情になる。
「はい、なんでしょうか」
「私は、静留くんが好きです。大好きです」
「……へっ!?」
合歓さんっ?! と明らかに動揺する静留くんも可愛いな。うん。
「いやその……最近静留くんが好きとか……あ、あいしてると、か、言ってくれたので……私もきちんと言わねばとその……。あの、ちょっと近寄ってもいいですか。つ、ついでにこう、触ってもいいですかね」
ハイいいですよ、となぜか小声の返事に、私は恐る恐る彼の腕を取り――引き寄せる。
頭ごと胸に抱えて、優しく抱きしめる。
……あったかいなあ。整髪料の匂いも、なんだかドキドキするなあ。いとおしいなあ。
「愛してるよ、静留くん。世界で一番大切で大事でいとおしいひと」
あなたを形作るやさしさも、弱さもすべてひっくるめて。
余計なことは考えないで、彼に言いたいことだった。
小声で囁くように言うと、静留くんは「はひ」と息を吐く。次に聞こえてきたのは、すん、と鼻をすする声だった。
「……すいま、せん、うれ、嬉しくて、なんか、泣け……情けない……」
私よりも少し大きな肩を震わせている静留くんが一層可愛くて、優しくその体を撫でた。
「情けなくなんかないから」
そのままずっと体を抱きしめる。すると、静留くんもこちらの体を抱きすくめて、身を寄せてくれた。
「僕もあなたのことが大好きです、合歓さん」
顔を上げた静留くんが「キスしてもいいですか」とこちらを見る。うっすらうるんだ瞳に体がヒュッと熱くなる。いいよ、と言えば、優しく顔を斜めにして触れてくれた。
柔らかーい唇が離れると、なんだか気恥ずかしくなって笑ってしまう。
「……ま、真面目にされるとなんかなにを言っていいのやらハハハハ」
気恥ずかしさをどうしたらいいか分からなくて頭をかく。
いや分かっているんですよ。今ここで、きっちり伝えないと、たぶん先には進めない。
意を決して、私は静留くんから少し体を離す。そして改めて背筋を伸ばし、精いっぱい真面目な表情を作った。
「あの、こんな時ですがお願いがありまして」
行け、小湊合歓! 当たって砕けろ! どんな返事が来ても、私は受け入れるぞ!
「なんでしょうか」
ぎこちない動作で、バッグから、茶色の紙袋を取り出す。それを見た静留くんは「あ」と小さい声を上げる。
――それは、彼を「お持ち帰り」した日に買ったブツである。
「小湊合歓、体も心も問題ありません。ですので、そのっ……ええいまどろっこしい、セッ、セックスし、したいです!! 君と!! 君は、準備はいいですか?!」
同時に頭を勢いよく床にめり込ませ、私は叫んだ。
自分で言うのもなんだが、ものすごく正しく煩悩まみれたドーテーの叫びだ。棒はないけど。
――正直、愛してるっていうよりも恥ずかしくないか、コレ?!
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