6:わたしの彼氏との出会いは結構ベタだった

【第116回 二代目フリーワンライ企画】使用お題

常習犯

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


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「セクハラといいますと、主に男性上司から女性部下へのもの、お尻を触るなどのボディータッチや性的な言葉を言うなどを思い浮かべると思いますが、それは同性同士でも起こりえますし、もちろん女性から男性へも起こります」

 流暢な解説をする講師の最後の言葉に、会議室に座っている全員の視線が私に向けられた……気がした。

 へいへい、わかってますよ。だからここに放り込まれてるんですよ。

 時は四月。弊社が定期的に行っている「セクハラ防止研修」の最中である。

 男女雇用機会均等法が制定されて既にうん十年。弊社でも表立ってはいないが過去にアレコレ裁判スレスレの騒動は起こっている。これからの未来を担う管理職への教育はせねばならんとおエライさんたちは考えてくれているらしいが故の研修ではあるのだが。

 ……私、たしかに今の工場ラインでは古株になりつつあるけど、管理職じゃないんですけども!? 

 だけども、ここに放り込まれた理由は自分でも分かっているんだけれど。

 向けられた視線の痛さに閉口はしつつも、さっきの言葉は胸に刺さっていた。

『もちろん女性から男性へも起こります』

 ですよね。私がまさにそれの実例なんだもの。



「ね、如月さんって彼女いたの? っていうか、東京の大きな会社にいたのに、わざわざなんでUターンなんかしたの? なになに? トラブル?」

「髪の毛長くて上司から怒られないのかな~ってか女の子みたい。そっち系なの?」

「あ、ありえる~。なんか同性愛? BLって流行ってるんでしょ。現実ではありえないけど」

 社員食堂の隅っこで、きゃあきゃあと姦しい女性社員に囲まれていた彼を見たのと、私のセクハラ防止研修が重なったのは偶然だったのか必然だったのか。

 複数の女性に囲まれていたそこに、セクハラ防止研修の資料を無言でヒラヒラさせながら近づいた。ネームプレートが見えたので名前を呼ばせてもらうことにした。

「如月……さん? 向こうで天野さんが話があるって」

 ちょっとごめんね、とその細い腕をつかみ、やや強引に輪から抜け出させる。

 戸惑ったままの如月さんを廊下に連れだして、嘘をついたことを詫びた。

「今さっき、セクハラ防止研修を受けたところで。今の今で見過ごせなかったんで動いちゃったんだけど。もし楽しくお話してたんだったら申し訳ないです」

 電子工場の小湊です、と自己紹介して怪しいものではないことを主張する。

「いえ、あの……助かりました。すいません、ああいうとき、どういえばいいのか分からなくて」

 まあ、近くで見れば、確かに女の子みたいというか、綺麗なお顔の男性ではあるけれど。だからと言ってあの発言はないだろう。

「アレ、一応人事に言っときます?」

 しかしセクハラは主観的な視点が重要視される。第三者の意見が通るかどうかは怪しい部分はあるが。

「いえ、大丈夫、です。すいません、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます、小湊さん」

 と、彼は小動物みたいに小さく頭を下げた後、IT戦略部のある本棟へ足早に去ってしまった。

 最初は本当に、セクハラ防止研修の影響だったのだ。「女性から男性へのセクハラもある」――電子工場きっての『下ネタ女』セクハラ未遂常習犯・小湊合歓である私は、専門家の口からはっきりキッパリ「セクハラ」と言われて、それはそれはショックなものだった。

 そうだよなあ、男とか女とかの前に、人間なんだもんなあ。そんな当たり前のことに気づけない自分はお馬鹿だったのだ。

 だからちょっと許せなかったんだ。

「……苗字、覚えるの速いなぁ」

 綺麗で可愛いひとだったな。

 でも、彼は私が「下ネタ女」なの、しらないんだよな。

 さすがにあっちのキャリア組とじゃ、再会もないか。

 残念に思いつつ、私も工場に戻ることにした。


 ――数か月後の飲み会で、なんの因果か席を共にして、あまつさえ告白してしまうことになるなんて、このときの私は思ってもみなかった。

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