18:わたしの彼氏は可愛い声も出す

【第130回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:情報量が多い/システムエラー


#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


:::


「私は君とエッチなことがしたい。でも、君を傷つけたくない。ね、それって今の静留くんと一緒だよ。私も君を傷つけたくない」


 合歓さん、と名前を呼ぶ静留くんの声が震えてる。でもそれは、どちらかというと怖いとか嫌だとかじゃなさそうだと思ったのは気のせいかもしれない。白くて綺麗な肌が、ほんのり赤くなっているような。

 そのうちに、うっ、うっとまた静かに泣き出してしまったものだからどうしようと思っていたときだった。


「……手を、握ってもらってもいいですか」


 口元をきゅっと結んで、正座の形になって静留くんが言う。


「いいよ、いいよ……いくらでも!」


 前のめりになりつつ、彼の手を取る。細いけど、でも、自分よりちょっと大きな手を包み込む。


「……すきです、ねむさん。大好きです。あなたの、おおらかな、いつでも自分の気持ちに素直なところ、が、僕の、救いで安心で、そして、僕もあなたを愛したいって、思います。その……言葉、だけじゃなくて。だから、」


 さっきとは反対に、私の手が握られる。そして、


「手にキ……キスするのは、嫌いですか?」


 と、真っ赤な顔の静留くんに尋ねられた。


「――?!」


 きっす。

 キスってえのは魚のことじゃあ、ないよな? システムエラーを起こしたパソコンとか機械とかの気持ちがなんとなくわかる。

 いやまてキスとは。ええと、唇がその、どうにかなる行為のことでしたっけ?!


 小湊合歓三十歳。心は童貞、体は処女。交際経験(男ともだちはたくさんいるが)ナシ……キスなど一度もしたことがないのだ!!!


「ききききききすのてんぷら……で、ではなく、手、ですか?! 大丈夫です!」


 じゃあ、失礼します。と言われ、手が静留くんの口元に引き寄せられる。

 あたたかい唇が、手の甲、そして、指先に触れた。

 っていうか静留くんが若干俯いてて伏せられたまつ毛が長くてきれ……綺麗だな!! まつ毛をくるんとさせるビューラーとかいう謎の機械で伸ばしているのかというくらいのフサフサ感だし、伏し目というのは非常にその、えっ……エッチです先生。

 ドッドッと心臓の音がうるさい。なんだか体がその、指先からぶわっと熱くなってきて、さっきまで雨で冷やされていたとは思えないほど体温が高くなってる気がする。

 頭の中が運動会のBGMでもかかっているかのような興奮にのぼせていると、いつの間にか唇は離れていた。

 静留くんはさっきよりも顔を赤くして、ゆっくり手を離した。

 えっ、これをその、唇同士でアレしたらどうなるのだ? 小湊合歓生きてはいないのでは?


「はわわわわわ」


 戸惑いがそのまま口に出ると「ああっその、困らせたくなかっ……」とまた眉がハの字になるものだから「違うんですよ!」と叫んでおく。ついでに再度離れた手を力強く握って離さないようにしておく。


「ぜんぜん、困ってない! 合意! 合意のもとでのそれだから!」


 そう、合意である。よく言われる「合意の元での行為」じゃないか。


「困ったり、いやだったら私ははっきり言うよ。んで、同じように、君にだって等しく同じ権利がある。だから……私も、君にキスをしていいですか。その……手……」


 手を見て、そして静留くんの顔を見る。あ、まつ毛本当に長い。っていうかあの唇で手に触れたのかいマジかよ信じられない。うっ勿体ない。指になりたい。

 ……いいやちょっと待って。

 キスって、おおよそ唇同士だよね?!

 そこを、静留くんが気を遣って手にしてくれただけなのか?!


「あのー、質問なんですけども」


「は、はい、なんでしょうか」


「先ほどのキス、私に遠慮して手にして下さったんですかね?」


「え、遠慮……というか、その、まだ、僕が、どうなるか分かんなくて……く、唇同士、は」


「では、本当は唇にしたかったので?」


「ひゃい!?」


 珍しく、静留くんが素っ頓狂な声を出した。目を丸くして、まさにアレだよ、鳩が豆鉄砲を食ったようなってやつですよ。すぐに否定しないあたり、脈ありだと思っていいだろうか。いや、しかし、ここは必ず同意を得たいのだ。これからのために。


「オーケー、静留くん。じゃあ、私からは唇にさせてくれないかな? 嫌なら、嫌だって言っていい。それは、まぎれもない君だけが決められる気持ちだから」


 あえて手を離す。私にもあなたにも、きちんと意思表示のカードが手元にあるのだと言いたくて。

 静留くんは、小さく息を吸う。そして、真っ直ぐに私を見た。


「……合歓さんに、僕の唇をあげます。だから、合歓さんのもください」


「二人で分けあえばいい、ってことかな。一方的にもらうのは、やっぱり性じゃないから」


 冗談めかした笑みを浮かべてみる。すると、静留くんも「そうですね。そんな合歓さんが好きです」と楽し気な笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと体を寄せてくる。


「…………あの、すいません、静留くん。下手だったらごめんなさい。私、キスとやらをしたことがないので、やり方をご教授いただけるとありがたいです」


 ……自分からさせてとか言っといて情けないのだが、いざやるぞ! と決まったら、どうすればいいのかわからないのだ!!


「はじ、めて?!」


「そ、そうなんですよ!」


「……大丈夫、です。唇を、あ、当ててみることから、始めてみてください」


 当てれば、いいのか……了解!! 以外に情報量が多いかと思ったらそうでもないな!!!

 体と顔を寄せて、いざ、初キッスじゃ……!!

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