24:どうも話し合いはかみ合っていないようです
【第136回 二代目フリーワンライ企画】
使用お題:乾いた笑い
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
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「で? なんの話なんですか?」
乾いた笑いを浮かべた四十万氏は言う。
木曜日、本棟の会議室、私達三人は四十万氏に向かって、無言ではあるものの鋭い視線を投げていた。
――結果から言えば、直談判は未遂に終わっている。月曜日の午後「オラぁ殴り込みだ!」と腕をまくった私を、静留くんと五月先輩が文字通り体を張って止めたのだ。二人に「これ以上合歓さんの仕事を妨げられない」「お前が介入しすぎると結果的にこちらが不利になる」と諭された。
じゃあどうやってこの対面を実現させたのかというと――。
「あなたがでしゃばる必要があったのですが、
私たちと一席離れて座る、四十代の女性が視線を四十万氏に向ける。
「これは、部署の問題だと判断したまでですよ、四十万さん」
静かな声で話すのは、IT戦略部副部長の砂州さん――静留くんの、唯一の味方である彼女が、この話し合いのきっかけになったのだった。
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月曜日の午後。
暴れる合歓さんを工場まで送り、慌てる部下に押し付けて部署の部屋まで戻って着たはよかったのだが、気持ちは随分と重かった。
自席に力なく座ると「如月さん」と声を掛けてきたのは、副部長である砂州さんだった。「ちょっと話、いいかしら」と誘われるまま、部屋の隣にあるミーティングルームに連れていかれた。
「……ダメだったのね」
はい、と答える。彼女は、僕の訴えを知っている。窓口に繋いでくれたのも、砂州さんだった。
「あのどてっぱら部長が握りつぶしてるのは私も把握済み。でも、あなたたちあきらめなかったのね、すごいわ」
「……僕よりも、五月先輩やね……小湊さんがすごいだけで」
「でも、あなたがこうして言えるきっかけは彼らなんでしょう?」
はい、とうなずくと、砂州さんは「正直、うらやましいわ」と呟いた。
「年寄りの昔話になるけれど、私の時代はそんなこと言えなかった。のし上がるには、気持ち悪いオッサンをいなして甘やかすか、それ以上に力を見せつけて……隙を突いて出世するしか方法がなかった」
心中お察しします、としか僕は言えなかった。男ですら苛烈な出世争いに、彼女は勝って今の地位にいるのだ。その裏にどれだけの苦労があったのかは――キャリアウーマンだった元彼女の姿を見ていれば、容易に想像できる。
「そしてこの数年も、私は見てみぬふりしかできなかった。これまでに何人も、優秀な子が私の元を去ってしまった」
情けない話ね、と砂州さんは言う。
「如月さんは、たしかに少し押しに弱いけど……レビューのコメントや、設計書の書き方はうまいし、あなたと一緒に働くのはすごく楽っていう子が多いのよ。でもみんな、部長が怖くて言えないだけで」
「……僕、四十万さんともう一度、話がしたいんです。ただ、過度なスキンシップと、プライバシーにかかわる事を言ってほしくないだけなので。それ以外は、仕事の出来る方だと思ってますし。でも、取りつく島がないと、担当の方が」
「じゃあ、一度こちらで話を持ちかけます」
砂州さんの言葉に、思わず目を見開く。
「で、でも、そこまでしていただくのは」
「これはあなたのためでもあるけど、今後の社員の為でもあります。もう、あんなアホみたいなハラスメントで、優秀な人材を失うなんてナンセンスな時代よ。おばさんにも手伝わせてちょうだい」
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「だからね、僕はただのコミュニケーションだと思ってたんですわ。ほら、如月くんは可愛いでしょう。仲良くなるための冗談ですよ、冗談」
四十万氏は、へらっとした笑いを浮かべながら言う。ねえ、と隣に座っている、仏頂面の男性に上目遣いで同意を求めた。
この男性こそが、IT戦略部部長の堂島氏だった。
「業務に差し支えない程度のコミュニケーションに、なにが問題があったのかね」
私はそんなこと知らない、と言いたげな態度に、なにをと言いたくなるが、その前に五月先輩が資料を広げた。
「そうは言いますが、同様の報告があります。中には、精神疾患を患って退職した元社員からも、四十万氏からの性的いたずらがあったことを聞きました」
「ほう、それこそ警察沙汰の話ではないのかな。見に覚えが? 四十万くん」
そんなことはないですよ、と首を振る四十万氏を見た堂島は「被害届があれば、今頃彼がここにいることはないだろう」と笑って見せた。
「四十万くんは、部下と親睦を深めるために心を砕いているだけだ。それを受け入れないということは、如月くんの側になにかコミュニケーションの問題があるともとらえられるが」
中途入社なのだろう? と顎をしゃくる。
「元々東京で仕事をしていたらしいが、こちらにはこちらのやり方がある。個人主義はいけないな。そこでの習慣ややり方に従うのが賢い生きかたでもある。郷に入っては郷に従えと言うじゃないか」
まったく、なんでもかんでも訴えるとはわかっちゃいない。ついに鼻で笑うそぶりを見せた瞬間、私は机を叩いていた。
「仕事の終わったあとに、執拗に距離を詰めて相手の嫌がる事をするのが、コミュニケーションとおっしゃる? そちらのほうが時代遅れですよ!」
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