4:下世話な話は社員食堂でするもんじゃない
【第114回 二代目フリーワンライ企画】
使用お題:ちょっとそこに座りなさい
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
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「ちょっとそこに座りなさい、合歓」
「へ、ヘイ」
『カスガイ精密機器』社員食堂の机に置いたAランチサバの味噌煮の香りがかぐわしい。食欲を刺激する味噌とショウガ、白米の香りが早く食べてと私を誘っているのに、目の前に座る友人はそれを許してくれないようだ。
「で、アンタ、如月さんとどこまでいったの」
「えっそんなお昼から恥ずかしいことを」
キャッ、とわざとらしく顔を覆うと、同じ製造ラインの友人――野村妙子は「可愛さの欠片もないわ」とばっさり言い捨てる。
「ほんと今更なにを……下ネタお下劣女王小湊合歓の名が泣くわよ」
「アタシは清純派! 清純派よ!」
「それAVの清純派女優と一緒の意味で使ってるでしょアンタ。そもそも清純派はアンタじゃなくて如月さんのほうでしょうが」
如月――如月静留。三ヵ月前に色々あってお付き合いが始まった私の可愛い彼氏のことである。
「で、その清純派の彼と、どーしてアンタみたいなお下劣女との付き合いが継続してるのが興味あるのよ」
「下世話ね」
「アンタに言われたくないわよ」
「私が熱烈な愛の告白をしたからデス」
「ああ、あの、お持ち帰り事件ね」
「お持ち帰りって……エスコートしたと言って」
「酒に酔った奴を引きずって帰りにドラックストアでゴムとローション買って帰宅することのどこがエスコート?」
「ちょっ、大声で言わないでよ昼間から!」
そりゃああの夜――静留くんを家に連れて帰ったその途中に、それらを買ったのは事実だけれど、結局使わなかった(正しくは、使えなかった、なのだが)。いいや問題はそこじゃない。さすがの私も昼間からそんな話題はごめんこうむりたい。
「アンタにも羞恥心はあったのね一応」
「……一応あります。静留くんに手を出さないくらいの自制心はあるので。キスもしてない清い仲なのだ」
えっへん、と胸を張り、ようやくサバの味噌煮に箸を入れる。うーむやわらかい。ここの食堂はサバを圧力なべで蒸してくれるので骨ごとイケるのだ。あーん、と口に入れようとした瞬間「はあーーっ?!」と妙子の素っ頓狂な声が響く。
あわれ、私のサバはぽとりと皿の外……机の上へ落っこちてしまった。
「あああ私のサバちゃん」
「サバなんかどーでもいいわよなにそれだしてないってあんた、そ、そんな……常日頃『男の尻はスケベだあんなものをこれ見よがしに見せてはいけない』だの『見てよあの営業職の白ワイシャツを。なにがとは言わないが見えてしまっている。これは一日元気に仕事ができますな!』とかのセクハラ発言をかましてたアンタが?! 目の前の据え膳を喰ってない?! 嘘でしょ」
息継ぎもせずに過去のセクハラ発言を暴露された。周りの空気がマイナスレベルで下がったぞ。「電子工場ラインきっての下ネタ女ってあれか……」と小声でささやかるのも聞こえてしまったし、斜め前でご飯食べてた営業の山田さん(既婚者45歳男性)が逃げるように席を立った。ほんっとごめんなさい。
「……改めて他人の口から過去のセクハラ発言を聞くのはダメージがでかいですね。でも今はコンプライアンスの時代。私もセクハラ研修を受けたので今はないです今は」
「そういえば、上司命令で男性管理職と同じ講習受けたって聞いたわ。さすが、電子工場ライン伝説の下ネタ売れ残り女・小湊合歓ね……」
「売れ残りもセクハラですよ既婚者め」
すると「ごめん」と存外真面目なトーンで謝られる。今の時代、総国民結婚して子を成せなんていうアホなスローガンもあるはずないのだが、この会社がある地方都市は未だに「女は二十四歳までに結婚して家庭を作る」がロールモデルだ。大学出の技術開発系キャリア組とは違い、高卒生産技術者として入社した私みたいな女の子たちは、ほぼほぼ結婚してしまっている。
実際、妙子も二十二歳で同じ会社の別の工場に勤める男性と結婚した。
私は元々女性らしくない性格と、工業高校のノリのままの下ネタキャラで通した結果が「下ネタ売れ残り女」だった。
だからこそ、中途採用のキャリア組である静留くんと付き合いだしたのは驚きなのだろう。
「ま、結婚とかそういう前に、静留くんとおもしろおかしくデートするのが楽しいからね。なにせ好きなものを語るときの静留くんは可愛いのだよ君ぃ」
「……まあ、あの合歓がのろけるようになっただけマシか」
ふっ、と困ったように妙子が笑う。なんだかんだで、彼女は私のことを気にかけてくれている優しい友人である。
「じゃあそのサバでも食べながらノロケを聞こうか合歓さんや」
「わっ、やった、おまちかねのサバ!」
おあずけ状態だったサバは大変おいしく感じる。好きな物を前にして待ち続けるのも悪くないよなあ、と思ったのだった。
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