3:かわいい彼氏の見てはダメなもの

【第112回 二代目フリーワンライ企画】

<使用お題>

・せんじょう(変換自由)→煽情

・どうしてそう極端なんだ

・砂糖はなしでミルクだけ


#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


:::


 煽情的だ、と思ったのはまぎれもない事実だった。首元や手首の細さ、男性にしてはやや細すぎる腰に、時折伏し目がちになる視線が。

 周りの奴らはオカマぽいだの女々しいだのとどうしてそう極端なんだ、と思ったりもするのだが。

合歓ねむさん?」

 向かい合って座る静留しずるくんが上目遣いでこちらを見上げてくる(いやこれが決して私よりも背が低い訳じゃあないのがこれまた)ものだから、慌てて目を逸らす。

 付き合いだして三か月。好きなものを教えてもらうデートはまだ継続中。今日は市街地まで足を伸ばして、小さくてこじゃれたカフェに来ている。

 静留くんはコーヒーが好きだという。ハンドドリップとエスプレッソでの抽出での違いだの、豆の産地や焙煎がどうのと楽しそうな様子で語る彼の表情は、付き合いだしたころよりも少しだけ緊張が取れている。なによりも「自分」の話をしてくれているのが私は嬉しい。

 まだ開店して間もないのか、お客は少ない。ふかふかのソファ、優しいボサノヴァの音楽、暗すぎず明るすぎず適度な照明は、大人の昼デートにはピッタリだ。

 だからこそ、決して、断じて! 小首をかしげる度、白いシャツと細い首から見える肌が……とか! 背を伸ばした時に少しきゅっとなった腰の細さが……とか! 考えてはいけないんだよ私!!

 ええ、ええ、清いお付き合いは継続中ですとも。今日だって愛車(軽自動車)に乗せてはきましたけどね?! うっかりホテルのある山にドライブに行こうとか思ってないですよ!!

 ……と、アテのない一人突っ込みを脳内で繰り広げ、たまりゆく煩悩を追い払っていると、静留くんがカップを持ったまま「あのう」と遠慮がちに言ってくる。

「は、はい、なんでしょ」

「カプチーノの泡」

「え」

「泡、口元にたくさん付いてます」

「おっとこれは失礼。なんも考えずに口をつけたからかな。ああ、可愛いクマの耳がないや」

 泡で立体的な動物やらなんやらを作ってくれるバリスタが居るのが店の特徴らしく、私も外見に似合わぬファンシーなクマカプチーノなんて頼んでしまった。

 このまま行儀悪く舐めとっても悪くはないが、一応かわいい恋人の眼の前である。こんな行動で幻滅されてサヨナラなんて遠慮したい。真っ当な人間らしく紙ナプキンを探すが見当たらない。シャレオツな店の弊害だ! さあどうする合歓よ、あ~気づいてしまったら最後、早く拭ってしまいたい。

 すると、カップを置く音と一緒に「合歓さん、ごめんね」と声がする。すっと目前に男性の指と紙ナプキンが現れて、するっと唇を撫でていく。前かがみになった静留くんの胸元がちらりと見える。うわっ見ちゃだめでも見たいごめん!! と心中だけで慌てていると、少し色素の薄い肌の上に、茶色いみみずばれのような痕。

 あれは。と、考えそうになったそのとき。

「ほら、綺麗になりましたよ」

 すっと自席に戻った静留くんの声で我に帰る。

「あ、ありがとう、ゴザイマス……」

「3Dカプチーノだから泡がたくさんありますもんね」

 そういいながら自分のカップを持ちあげようとした静留くんの手が止まる。そしてなにも言わずに、なんの疑問も持たずに、指についた泡を舐めた。

 それはさっき、私の口元に付いていただろう泡で。

 口元から舌が出て、ひっこんで――本当に数秒、一瞬、そんな言葉で言い表せるくらいの刹那な時間。


 あれでキスされたら、いいなあ、と。

 そこまでならまだいいんだろう。

 次に頭をかすめたのは、私があの舌をからめとったら、彼はどんな顔をするんだろう。という欲望だった。「やめて」と身をよじるんだろうか。息遣いも荒くこちらを見てくれるだろうか。

 はたとそこまで考えて――気づく。

 彼にみみずばれを付けたであろう「彼女」と同じことを考えたのだ、ということに。

 


 言葉を失った私を不思議に思ったのか、静留くんが首をかしげる。

「……あ、さっき、いきなり合歓さんに触ってしまったから……ごめんなさ――」

「違う、静留くんは謝る必要なんかない」

 遮るように、優しさなど含ませる余裕もなくかぶせた言葉は、存外強い調子になってしまった。きょとん、とする静留くんに、慌てて「いやいやいや」と、謎の弁解を続けた。

「いやそのですね、本格的なコーヒーはおいしいな~って考えてただけだし、砂糖なくてもミルクだけでも甘く感じるんだな~とかそういう! ことを! かんがえてただけですからご心配なく!」

 極力いつもの調子に聞こえるように話すと、静留くんは「合歓さんが興味を持ってくれて嬉しいな」と柔らかく笑ってくれた。

 自分のことを見てくれるって、嬉しいよね。そんな顔が見たくて私は君といるのに。

 ……なのにな、私は。いつ自分の中の欲望を君に見せてしまうかわからない。「私」のために。

 ごまかすために、残りのカプチーノに口をつける。うっかり、彼に舐められたあの泡がうらやましいと思う心は、コーヒーの苦さがいさめてくれることを祈って。

 砂糖はなしでミルクだけのその味は、やっぱりほんのり甘くて、後を引いた。

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