5:わたしの彼氏は手作りご飯が上手い
【第115回 二代目フリーワンライ企画】
使用お題:楽しいのが第一 (本文中には入らなかったけど、テーマとして「餌付けすればいいとでも?」も含む)
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
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恋人の手作りご飯とやらは、どんな味がするのだろう。
可愛い彼女がおろしたてのエプロンを身に着け、慣れない料理本を読みながら、うまく皮も剥けておらず、はたまた生煮え野菜のまま、肉じゃがになる予定だったカレー……のようなものを「カレーでもキミの料理は美味しいよ」と優しく言って肩を抱きよせるよーな(ついでに完食したあとでムフフ……もセットだ)そんな感じのイメージだ。味は二の次だよ。ほら、楽しいのが第一さ。
だが、それを他人に話すと、十中八九言われるのだ「自分が手作りのご飯をごちそうする、じゃないんだ」と。
これには理由がある。
私は、料理ができない女だからだ。
「ほわわ……」
土曜日の昼食時、私の部屋には、ケチャップを少し焦がした良い香りが立ち込めている。
「お、おむらいすぅぅぅぅぅ本物の手作りオムライスだぁぁぁぁ」
スプーンを持って浮かれまくる私を見た静留くんは「お、落ち着いて」と半ば苦笑している。
「いや落ち着けない! 恋人が! 私のかわいい恋人が! てっ、手作りのおむらいすを作れるなんてえええええ」
「そんな、オムライスでそこまで喜んでくれるなんて」
「喜びますとも喜びますとも! ケチャップでニコちゃんマークまで書いてくれたなんてぇぇぇ」
「ただの点と線なのに……しかも歪んでる」
「その歪みがいとおしいぃぃぃ」
上から横から斜めから。皿を持ちあげてわびさびの茶席よろしくオムライスを眺めてようやく満足した私は、お行儀よくテーブルの前に正座した。
「ごめんなさい取り乱しました」
「……よかったら冷めないうちに食べてみて?」
まだ私のリアクションが尾を引いているのか、静留くんは若干引きつった笑顔を浮かべている。
「うっごめん……手作りのご飯が食べられるなんてめったになくて。ほら、私自炊が下手で。いつも外食かコンビニ弁当なんだよね」
お米をとがせれば、いつまで洗えばいいのか分からず米粒をこなごなにしてしまう。包丁を持たせれば、可食部分は雀の涙ほどになる。火を扱わせると、火柱を立ててしまう――。調理実習は常に皿洗いと味見役であった。
なぜ独り暮らしができているかというと、それは現代文明の勝利に他ならない。安全なコンビニ弁当に、セントラルキッチンで均一な味を提供できる外食産業。ここ数年で技術向上した冷凍食品にもお世話になっている。
それでもまあなんとか暮らせてしまうのだから素晴らしい。しかし、社会人になってからときどきではあるが「他人が家庭の台所で作ったもの」が欲しくなってしまうようになったのだ。実家はあるが、独立主義の両親は独り立ちした娘が入り浸ることを嫌がるので、所謂「飯をたかる」こともできない。なお、実家の味は可もなく不可も無くである。
故に、自分の為に温かい料理を振る舞ってくれることに弱いのだ。
それが、あの静留くんならなおさらだ。
「だから、手作りって本当に嬉しくて興奮しちゃった。じゃ、冷めないうちにいただきますー!」
スプーンですくって、湯気の立つオムライスを食べる。卵はバターで焼いたのかな、柔らかい口当たりとバターの香りがいっぱいだし、中身のケチャップライスは酸味と塩味のバランスが絶妙だ。ほんのりスパイシーな香りが食欲をそそり、あっという間に平らげてしまった。
「わ、合歓さん食べるの早……」
「ああーっもっとゆっくり味わえば良かった!! でもおいしかった! すごくっ!」
おかわり! と言いたくなる気持ちをグッと堪えて(だって、もう一回台所に立ってもらわなくてはいけないじゃないか)いたものの、すぐに「おかわりしたいくらい!」と本音がこぼれてしまった。
「あはは……卵もご飯もまだあるし、もう一回作ろうか?」
「えっそんな! これ以上お手を煩わせるわけには」
しかし体(正確には口と胃だな)は正直なもので、空っぽになった皿に視線が行ってしまう。そうこうしてるうちに、静留くんは立ち上がり、台所に向かってしまった。
一応止めないと、と腰を浮かしたが、彼は振り向きもせずにぼそりと呟く。
「嬉しいんだ」
「ほへ?」
「僕の作ったものを、おかわりしたいなんて言ってくれるから」
「いやだってめちゃおいしかったですし……」
中腰の中途半端な姿勢のまま、正直な気持ちを言うと、彼がふりむく。
目が合うと、
「合歓さんのそういうところが好きだなあって、今。すっごく思いました」
と、言って、また背中を向けられた。
「……はひ……!?」
今、めちゃくちゃはにかんだ笑顔じゃなかったですかね、静留くん。
好き、の一言があんなにもダメージが大きい(良い意味で)なんて。
ころん、と全身から力が抜けて倒れる。
ジューとフライパンの音が聞こえてくる間、ずっと心臓がドキドキしていた。
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