27.愛してるってのは爆弾ですな

【第139回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:天使のラッパ/心臓に毛が生えている

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


:::


「とは言ったものの。小湊合歓、ダメです……」


 焼酎ロックを飲み続けた罪は重い。

 先輩の車を出て(宣言通り、私たちが降りた後は速やかに発進してしまった)静留くんは私を支えて部屋まで送ってくれた。そして誘った通り、彼は私の部屋にとどまってくれたのだが。

 ……部屋に付くなり、ベッドの上に寝っ転がってしまったのはまさしく失敗だと言うべきだろう。


「お水どうぞ、ほら」


 苦笑しつつ、静留くんはコップに水を注いで私の元まで持ってきてくれた。


「飲みすぎですよ」


「うんごめんなんか調子に乗った……でもあのう。その……」


 さて、どうしようか。

 なにせ酒をしこたま飲んでいるので、車で送っていくこともできない状態である。そして、なんであんな事を言ってしまったのかと後悔もあったりする。


「さっきまではイケるって思ってたんですよほんと……」


 コップを受け取り、なんとか上半身を起こす。

 飲み直すのが水って! いや正しい判断ですよ!? 分かっているんですけどね。

 このままこう、良い雰囲気でなんとかそのいんぐりもんぐり以下略みたいなヤツに持っていけないかと考えた訳よ!? 無理ですけどねええええ体が動かない!

 心の中で泣きながら、冷たい水をゆっくりと口に含む。ああ、少しでもまともに頭が動けばなぁ。


「ごめん……私のわがままに付き合わせてしまった」


 コップを抱えて三角座り。ああ情けない。情けないのは、まともに動けない自分というのもあるけれど、なにをする訳でもないのに留まらせてしまった申し訳なさで一杯だった。

 静留くんはそんな私の斜め前で、心配そうにこちらを見上げている。静留くんも勝手に飲んでいいよ、と勧めると「じゃあすいません、一杯いただきます」と同じように水を持ってきて、一口飲んだ。

 あの、と静留くんが口を開く。


「あのままじゃ、合歓さん危なかったので」


 だから心配しないで。と優しい言葉をかける静留くんに、ほろりと心が揺れる。

 あー、たぶん元カノもこういうところに参ったんだろうなあ、と知らん人間に思いを馳せる。けっして自分を傷つけないとわかってる人間に無条件に愛される快感といったらない。それを自分の行動ひとつでコントロールできると分かればなおさらだ。

 ……だからこそ、駆け引きのように彼をからめとったことに対しての罪悪感があるんだな。心臓に毛が生えている私でも、彼のそういうやさしさを利用して本懐を遂げる(つまりそのエッチなことだよ察して)のは良くないと分かっているのだよ。

 水を全部飲んで、よろよろとリュックに手をかける。財布を取りだし、とりあえず紙幣を掴んで、ふわふわの足取りで静留くんまで伸ばす。


「た、タクシー代……帰るための……」


 配車すればタクシーは着てくれるし、驚くほどの遠距離でもないのだからタクシー代くらい私だって出せるのだ。

 しかし静留くんは「受け取れない……」と拒否をするではないか。


「いやーさすがに飲酒運転もアレですし、かといって夜中に歩かせるのもたとえ男性といえど」


「……一緒に居たいっていったら、だめですか。いや、あの、その、ただ、朝まで寝る場所を提供してくれればっていう……あのっ、手を、出すとか出さないとか同衾するとかそういう意味ではなくて!!」


 顔を真っ赤にする静留くんに、こちらが今度はなにも言えずに固まる。


「違う……違うんです。そのっ……僕が、合歓さんと、一緒に居たいだけで! ただ、セッ……は絶対にしないので! 絶対手を出さないので! 前後不覚のひととその布団を共にするのはダメだと思うというか、それは僕がしたくないというかだからでも」


 ただ、傍に居たいんです。


 絞り出すかのように言われた言葉は、まるで天使のラッパのよう。

 

「……布団をもう一組お出ししますううう!!」


 人間、興奮が頂点に達すると動けるんだなぁ、と思いつつ、はいずりながら開かずの間と化していたカラーボックスを漁ることになった。


;;;


「じゃあ、おやすみなさい、合歓さん」


 そういって、用意した布団(母が「私が泊まるときに使え」と持たせてくれたものの、なんだかんだで来る気配がないので無用の長物となっていたそれだ)に静留くんが入るのを見届け、私は部屋の電気を切る。


「おやすみぃなさい……」


 眩しかった照明が落とされ、安寧の夜が訪れる。

 思えば、何年ぶりだろうか。誰かに「おやすみなさい」を言うのは。あったかいのは布団のせいだけではないだろう。

 すると、布団の衣擦れの音がする。


「ごめんなさい、合歓さん。あの」


 顔の真横で、静留くんの声がする。


「なんでしょお」


「ちょっとだけ、手を触らせてもらってもいいですか」


 ……はいーー?

 なんですとーーー?

 そんなん、なんぼでも触っていいですけどねーーーー?!

 キッスまでした我らなのになにが触ってもいいですかですかーーーーー?! 

 ……と、叫びだしたいのはやまやまだったのだが、いかんせん酔いのせいで叫び散らせず「いいですよ~」と負抜けた返事になってしまった。

 ズボッ、と勢いよく布団から手を出す。さあどうぞ! 好きなようにしてくだせえ!! と叫べない酔い具合が切ない。


「じゃあ……」


 あたたかい静留くんの手が私の手を包む。

 

「大好きです、合歓さん。愛してます……おやすみなさい」


 ゆっくりと紡がれた言葉の中に、熱い吐息が混じっているのは気のせいか。

 ぎゅっと握られて、手が離れ。

 そのまま、布団に入り込んだであろう音が響いて、あとは静寂。


 最後の最後に、なにを爆弾落とししたんじゃあの可愛い子は……!?


 酔いとは別の種類の感覚が体を襲う。

 ああ、シラフのときに聞いたほうがよかったのか、それとも酔った夢心地で聞いたほうがダメージが少なかったのか……酩酊する頭では処理が追いつかず、そのまま夢の世界にダイブした。


 


 


 

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