10:ぼくは前から彼女を知っていた
【第121回 二代目フリーワンライ企画】
使用お題:中間管理職
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
エピソード6の後日談です。
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「進捗ーー、だめでーす、五月パイセーン」
「仕事中にふざけるな、小湊。遅れを取り戻せ」
業務開始早々、生産未着手について文句を言いに来た、生産管理部の五月五郎にどつかれる。
彼は会社では後輩だが、実は高校時代の先輩である。高校卒業と同時に就職した私とは違い、大学に行ってからの就職なのでややこしいことになったが、まあ変わらず「先輩」と呼ぶことにしている。
「はいはい、ちゃんとやりますよ。安心してください」
「よろしく頼むぞ。あぁ、後で戦略部の如月がシステムの確認に行くからな」
如月。なんか聞いたことのある名前だ。
……少し前に、食堂で助けた別嬪さんか!
「中途入社だから、小湊も知らないか」
「あの、彼、めっちゃきれいでかわいいひとですか? それなら前に会ったことが」
へへへマジ綺麗でした、と顔を崩していると、五月先輩は「それは本当か?」と怖い顔になった。なぜに? ホワイ?
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あれが「小湊さん」なんだ。
まだ慣れない職場の廊下を歩きながら、さっき助けてくれた作業服の女性――小湊合歓を思い出す。
僕は、彼女のことを知っていた。名前と、女性には珍しい性格だということだけ、だったけれど。
「小湊から、おまえに会ったと聞いたが」
はい、と答えると、目の前に座ってだし巻き卵を食べる五月兄さんの手が止まった。
五月兄さん――昔なじみの年上の友人であり、カスガイ精密機器の生産管理部に勤める男性。僕の再就職の手伝いをしてくれた、恩のあるひとだ。
就職して半月。帰りに飲みでもと誘われ、五月兄さんの馴染みだという小料理屋に訪れている。
「本当にセクハラされなかったんだな?」
「助けてくれたんですよ、逆に」
事務のお姉さま方に絡まれていたこと、小湊さんが機転をきかして場から離してくれたことを話した。
「あいつにセクハラ防止研修を受けるように根回ししたのが効いたのか」
「あぁ、だから研修の紙を持ってみえたんですね」
「まあ、昔っから、気のいいやつではあるが。あいつ、中間管理職も目前だし、研修受けさせておいて吉と出たか」
僕がなぜ小湊さんのことを知っているのか。それは、彼女が五月兄さんと出身校が同じ……先輩後輩関係だからだ。
家が近所で、五月兄さんとは兄弟のように育った僕は、彼から変わり者の彼女の噂を聞いていた。
いわく、女っ気はなく、男とワイ談で盛り上がる変わり者。だが、気風が良く、男女分け隔てなく接する、陽気で気持ちの良い友人――。
僕の知る「女性」とは違う、太陽みたいなひと。興味深かったけれど、学校は別だったから、会う機会もなく過ごしていた。
「いいひとでした、小湊さん」
あのとき助けてもらえなかったら、僕はまたなにも言えずに、鬱憤を溜めていたに違いない。女の人にああやっていろいろ聞かれるのは、とても苦手だからだ。
五月兄さんは烏龍茶を飲み干すと、僕をじっと見つめてなにか言いかける。
「……まあ、おまえが無事ならいいんだが」
「せっかく斡旋してもらった職を、ふいにしたくはないですよ」
前の職場を辞めて1年。実家に帰ってからも社会復帰ができず引きこもっていた僕に、五月兄さんが紹介してくれたのが今の職だ。
『ちょうど、社内SEの募集があるんだ。俺も別部署だがいるし、おれの後輩……小湊もいる。いい会社だから、お前もこい』
まだ気持ちが整わず、就職に乗り気でなかった僕の心を動かしたのは、噂だけできいて憧れた、小湊さんの存在だ。
ここに、あの小湊さんがいる。
それが、僕の再就職……社会復帰のきっかけだった。
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