7:わたしの彼氏は浴衣も似合う

【第117回 二代目フリーワンライ企画】使用お題

・痩せ我慢はバレてる

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


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「とっても賑やかなんですね」

 陽が落ち、昼間の暑さがようやっと落ち着いた土曜の夜。『カスガイ精密機器』の工場隣にある大グラウンドのライトはこうこうと輝き、縁日の屋台やキッチントラックがところ狭しと並び、たくさんのひとが闊歩している。

「まー、一年に一度のお祭りだしね」

 うちの会社は、社員への慰労と地域住民との交流と、ついでにイメージ戦略のため、7月に「初夏祭」という大きな夏祭りを行うのだ。

「あの……社員証見せると、ほんとにみんな無料になるんですか?」

 私の隣を歩く静留くんは、胸から掛けた社員証を見て、疑わしげに言う。今日の格好は、黒のポロシャツにジーンズとラフで、ザ・休日感がある一方、夏祭りの喧騒とは少しだけ合わない気がする。せっかくなら浴衣を着てみてほしかったが、強制もできないだろう。

「うちの会社はこーいうことは太っ腹なんだよ」

 そう。社員は、焼きそばもフライドポテトもリンゴ飴も射的も食べ放題、やり放題なのだ! 実のところ、私はこれをアテにして入社したような部分もあるのだがナイショだ。

「今年のリンゴ飴は有名な所が来てるし、ふわふわのかき氷もあるよ。あっタピオカは当然のようにある。焼きそばの匂いすごいなヤバイ。あ、毎年来てる射的のおっちゃん元気かなあ」

「合歓さん、すごくワクワクしてますね」

「全部タダだし」

 お財布の心配をしなくてもいいのは本当にありがたい。案内図の書かれたチラシを二人でのぞき込んでいると、賑やかな子どもの声が耳に入る。浮かれちゃうよね当然じゃんよ、と年甲斐もなく勝手にシンパシーを感じていると、弾丸よろしく子どもらが私と静留くんに突撃してきた。

 勢いよくぶつかったため、二人同時に地面へすっころぶ。慌てて置きあがれば、ぶつかったのはまだ小学校低学年か、未就学児くらいの子だ。静留くんは「大丈夫?!」とまず子どもを心配した。うーんさすがだ。

 運のいいことに親御さんは近くにいたので、一緒に確かめてもらう。怪我はなかったので一安心し、ではこれで失礼、と場を離れようとしたときに「お兄ちゃん、服が」と子どもが言うではないか。

 見れば、静留くんの服にべっとりとケチャップや砂が付いている。どうも子どもの持っていたフランクフルトがぶつかったのが原因らしい。

「も、申し訳ない! 弁償を」

「そんな。お子さんのしたことですし、安い服ですし。気にしないでください」

 顔を真っ青にして「弁償」「すぐに服を買ってきます」と若干パニックになって繰り返す親に、静留くんは「クリーニングとかもお手間ですし、替えの服の問題もありますし」とこちらもテンパっていて引き下がらない。どうやって助け舟を出したらよいかと迷っていたら、ふとななめよこの屋台にかけられた看板「貸し浴衣あります」が目に入った。

「あの~、貸し浴衣あるんで、どうですか?」


 紺地に角帯。着慣れないのか、ぎこちない動きもそれはそれで初々しい。袖から見えるむき出しの腕はほっそり、だけどきちんと筋肉も付いていていやになまめかしい。うなじは長めの髪で隠れてしまうけれど、秘められているのもまたそそられる。

「…………良い」

 語彙を失った感想がぽろりと漏れる。

 浴衣姿の彼氏に見とれていると「へ、変ですか?」と不安がってしまった。

「全然変じゃない。めっちゃ似合ってるから見つめちゃっただけです……良い……」

 結局、親御さんからはわずかなクリーニング代だけ頂き、静留くんは浴衣に着替えることになった。

「浴衣……すごくそそられる……」

 本当はこう、もっと乱したいとかいますぐ人気の少ないところでその尻を撫でまわしたいとかあわよくば夜の街に消えたいとかまあいろいろ考えてるんですけど言えないだけです。

「初めて着たけれど、すごく涼しいです」

 そっかそっか、とニヤニヤしていると「……も、着たらよかったのに」と、なにか囁く声が聞こえてくる。

「ん?」

「合歓さんは着なくてよかった、んですか?」

「私? 服汚れてないからいいよ」

 私はジーパンとでかでかと「新世界」と書かれたTシャツを着ている。

「……そうですか」

 少し表情の読み取れない顔で静留くんが呟く。

「ごめん、浴衣きらいだった?」

「いや、そういうことじゃ……ないんですけど……」

 そのときぐう、と私のお腹が鳴る。静留くんはそれを聞いてクスクス笑うと、

「焼きそば、食べましょうか。合歓さん、ずっと空いてましたよね、おなか」

 と、言った。

 おやつも食べずにいた痩せ我慢はバレてるのか。

 あっハイぜひ、と答えて、私たちは焼きそばの屋台に歩いていく。

 なんか言いたげだったのを止めて悪かったな、と思いつつ、横を歩く粋な静留くんを見ては「良い」と心の中でまた呟くのだった。

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