第34話 後輩ちゃんと、遊園地に来た
西暦2134年、8月10日。午前9時33分。
朝7時50分発のリニア新幹線に乗り込み、電車を乗り継ぎ揺られる事1時間半。俺と後輩ちゃんは、静岡県某所にある大型遊園地に遊びに来ていた。
25年前に開園したという、『伊豆エタニティワールド』。来園者や地元民にとって、永遠に楽しめる場所であるようにと願って名付けられたここは、観覧車やジェットコースターなどメジャーな乗り物の他に、小さな子供でも楽しめるようにと最新式のVRアトラクションがある。
その種類は豊富で、自分が主人公になって異世界を冒険したり、宇宙船の船長になって太陽系一周の旅をしたりと様々だ。事前に見ていたレビューコメントでは、その圧倒的なスケールに絶賛する声が多かった。
外見は、ただの四角形の白い箱なんだけれどな。
「結構、広いんですね」
「そうだな。敷地だけなら、夢の国とどっこいなんじゃないか」
「はえー。そんなに広いんですか」
伊豆駅に置いてあった観光パンフレットには、『伊豆エタニティワールド』の全容が詳細に書かれていた。遊園地を中心として、春・夏には10万本の花が咲き乱れるスキー場や、山を切り崩して造られたというホテルが隣接されている。すぐ南側には太平洋が広がっていて、夏になると海水浴を楽しむ客でごった返す砂浜がある。
これらが全て、大きな一つの施設だというのだから驚きだ。
「大人2名で」
「はい。では、6000円になります」
「1万円で」
「ちょっ、先輩。私も出しますよ」
料金所で支払いをしていると、後輩ちゃんが慌てた様子で財布を取り出した。……律儀だなぁ。そう言う所が真面目というか、本当に人間が出来てるし好ましく思うけれど。
「いいよ。俺から誘ったんだから、払わせてくれ」
「うー。じゃあ、私の分のお金渡しますね」
「ん、分かったよ」
今日の支払いは全部こっちがするつもりでいたし、折半するつもりは無かったのだけれど、後輩ちゃんはどうもそれを望んでいないらしい。
そう言えば、昔から後輩ちゃんとご飯を食べに行ったときは必ずお金を出してきてたし、両親からお金に関わる事だけは厳しく躾けられたと言っていた。
(後輩ちゃんのご両親に感謝しないとな。まだ数回しか会った事ないけど)
暫く会っていないおかげで顔と名前がはっきり思い出せない早坂のご両親に感謝しつつ、早坂から1人分の代金を受け取る。
お釣りを受け取る際に受付のお姉さんにからかわれたり、それを2人同時に否定して余計に恥ずかしい気分になったりしながら料金所で支払いを済ませた。
ゲートを抜けると、そこはもう別世界だった。軽快な音楽が何処からともなく流れ、スタッフの人が快く出迎えてくれる。既に人気のアトラクションには、長い列が出来ていた。
「先輩、あれやりましょうあれ!」
「ん?」
後輩ちゃんが指さしたのは、どの遊園地でもあるような射的場だった。
なるほど、最初の乗り物としては悪くない。だがしかし。
「俺、あっちのゴーカートが気になっていたんだが」
「せんぱい。ここは、女の子の私に譲るべきだと思いませんか?」
「だってほら、射的場って結構並ぶだろ。最初から時間を取られるより、すぐ楽しめる方から乗った方が楽しいはず」
「ゴーカートって結構激しい動きするじゃないですか。最初から飛ばすより、だんだん体を慣らしてった方が効率がいいと思います」
「……譲らないな」
「譲りませんね」
お互いが意見を曲げないまま、広場の真ん中でバチバチと火花を散らしあう。
よし、こうなったら。じゃんけんで決着をつけようか。
そう提案しようとしたら、後輩ちゃんが先に口を開いた。
「ははーん。さては先輩、私に負けるのが怖いんですね?」
「……はい?」
俺が尻込みしていると思っているのか、後輩ちゃんが思いっきり煽って来た。
腕を組み、ふんぞり返ってどや顔をする後輩ちゃんも可愛いけれど。じゃなくて。
なんだとこのやろう。
「良いですよー、別に。先輩が、後輩の私に負けちゃったら立つ瀬ないですもんねー」
「――や」
「や?」
「やってやろうじゃないか! 後悔するなよ!」
見てろよ後輩ちゃん、絶対に俺が勝って、ぎゃふんと言わせてやる。俺は後輩ちゃんの手を取って射撃場へ向かう。
案の定、子供連れの家族が多く並んでいたが、俺たちは気にせずに列の最後尾に並んだ。
「先輩、射撃の訓練は?」
「したことない、と言いたいところだけど、防犯用のブラスター銃なら1回だけある。早坂は?」
「私、まだ無いんですよー」
ほほう?
それを聞いて、俺は内心でほくそ笑む。銃の取り扱いに関してなら、俺に一日の長がある。この勝負、勝ったかもしれない。
数分後、順番が回って来た俺たちは、他のお客さん達と並んでカウンターの前に立つ。目の前には、銃床にゴムの紐が括り付けられたライフルがあった。
引き金を引くと、銃口から光が発せられて、それを的側のセンサーが感知する仕組みになっているらしい。
銃の仕組みが分からない後輩ちゃんに教えながら、照準を合わせる。引き金を引いて、ガチリと撃鉄が下ろされる。
……あれ?
「やった、当たりましたよ先輩!」
「ええ?」
隣では、後輩ちゃんがチカチカと点滅する的を指さして喜んでいる。俺が狙った的よりも遠い所を狙っていたというのに、一発で当てるとは。
くそう、負けてられん。
その後も的を変えながら撃ってみたのだが、結局当たったのは最後の1発のみ。対して、後輩ちゃんは7発中4発も当たっていた。
景品は、射撃場の隣にあるレストラン兼精算所で渡してもらえるというので、他のお客さん達の妨げにならないように素早く移動する。
後輩ちゃんが貰ったのは、記念メダルの他にお土産品の割引券と園内にあるレストランの割引券。対して、俺が当たったのは記念メダル1枚のみだった。
ちくしょうめぇ!
「はー、楽しかった。先輩、へったくそですねー」
「うるさいよ、やかましいよ。俺だって、あんなに当たらないと思ってなかったんだ」
「ふふーん。あれ、良い訳ですかー?」
「くそっ、負けてるから何も言い返せない。おのれ後輩ちゃん、次はあれだ」
「はいはい、分かってますよ。ゴーカート、行きましょう」
その後、俺たちはお腹が空くまで色んなアトラクションを楽しんだ。
ゴーカートでは俺が圧勝して後輩ちゃんが悔しがったり、室内全てが鏡張りになっている迷路ではお互いはぐれないように手を繋いで同時にゴールしたり、ジェットコースターで一緒に悲鳴を上げたり。
VR体験施設の近くにあるレストランに向かいながら、俺は隣を歩く後輩ちゃんを見下ろす。
後輩ちゃんの左手は、俺の右手と繋がれたままで。
俺の手よりもずっとずっと小さくて、けれども温かな手だけれど。
何故か俺は、離すことが出来なかった。
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