第30話 後輩ちゃんは、ホラーゲームにめっぽう弱い

 西暦2134年、7月26日。午前10時17分。

 新昴駅の東口を出た俺たちは、線路沿いに市街地へと歩いていた。照りつける太陽がアスファルトを否応なく暖め、その輻射熱で地獄のような暑さになっている。

 右側には小さな商店が立ち並んでいるが、その中でも最近都内の各所に設置された『ごく瞬間冷風送風機しゅんかんれいふうそうふうき』、通称「ゾクっとくん」には老若男女問わず人の列が出来ていた。

 

 額に浮かんだ汗を拭い、スポーツドリンクを飲む。さっき買ったばかりだというのに、この暑さでもう温くなってきている。

 隣を歩く後輩ちゃんも、手で顔を仰いでいた。


 「暑いなー」

 「暑いですね。先輩、水分はきちんと取った方がいいですよ?」

 「早坂もな。水筒、持って来ているんだろう?」


 後輩ちゃんは勿論、といってバッグの中からタオルに包まれた水筒を持ってくる。傾けるとカランコロンと涼しげな音がするから、氷を入れてきたんだろう。


 「中身、何入れてきたんだ?」

 「ただの麦茶です。この時期は家の冷蔵庫にいつも作ってあるので、水筒に入れて持ってきちゃいました」

 「麦茶かー。確かに、水分と一緒にミネラルも補給できるし、わりかし最強な飲み物だよな」

 「わりかしではなく、最強なんです」


 そんな会話をしながら、高架橋をくぐって大通りへ。信号を渡って、また歩く。新昴区のメインストリートともいえる此処は、大きなショッピングモールやビルが立ち並んでいる。

 その建物には目もくれず、俺は早坂と一緒に少し通りを外れた場所にある3階建ての建物に入った。中は冷房が利いていて、俺たちは安堵の息を吐いた。


 「着いたよ。ここが目的の場所」

 「はあ。見た目は古い建物ですけど。一体何なんですか、ここ?」

 「ゲームセンターだよ」

 「ゲームセンター?」


 後輩ちゃんは小首を傾げて不思議そうな顔をする。まあ、後輩ちゃんが知らないのも無理はない。過去、一世を風靡したゲームセンターは客層の推移や不況の波を食らって50年前に完全に姿を消した。

 ここは、当時のレトロゲームを保存・稼働させている都内唯一の場所だ。1階が筐体と呼ばれる箱型のゲームが置いてあり、2階がカードゲームを専門に取り扱っている。3階は、昔販売されていたゲームやCDと呼ばれるディスクを販売している場所。


 ほぼ全てのゲームがVRに置き換わってから、こういったゲームは父や祖父が懐かしそうに語るだけで、俺も見るのは初めてだ。

 一昨日、どこに後輩ちゃんを連れて遊びに行くか調べていたら、偶然この場所を見つけた。

 ジャンルは違うとはいえ、サブカルにどっぷり浸かっている俺達だから楽しめるはず。


 「私、箱形のゲームなんてやったことないですよ」

 「俺もだよ。けど、なんだか面白そうだろ?」

 「はい。それで、どれから遊びますか?」


 俺達は1階をあちこち見てまわった後、大きな銃が2つ並んだアーケードゲームを選んだ。


 「見た感じ、アクションゲームっぽいですね」

 「そうだな。でも、画面の映像を見る限り、これホラーゲームだぞ?」


 目の前にある大型のモニターには、無数に彷徨くゾンビと、それを撃ち落として進む2人の男女が映っている。

 恐らく、俺たちがこの男女になって、敵を倒しながらゲームクリアを目指すらしい。

 だが、この映像を見た後輩ちゃんは、思いっきり首を横に振って後退った。


 「うええ……、見るからに怖そうじゃないですか」

 「まあ、ホラーゲームだし。でもあれ、早坂ってホラー苦手だっけ?」

 「べべべ別に苦手じゃありませんけど? あんまりやったことないだけで」

 「声めっちゃ震えとるが」


 ははあ、これは本当に苦手と見える。

 そう言えば、昔から後輩ちゃんは怪談話が苦手だった。本人曰く、得体のしれないものやこの世に存在する数多の法則が通じないものがどうしても駄目らしいのだ。

 画面の中の化物が唸り声を上げるたびにぷるぷる震えている後輩ちゃんを見ると、嗜虐心がむくむくと湧き上がって来た。いつも後輩ちゃんに好き勝手されている事だし、ここは先輩としての威厳を取り戻すいいチャンスかもしれない。

 ここは――。


 「さ、やろうか」

 「せんぱい? なんでそんなにやる気なんですか? なんで銃を私に渡してくるんですか? なんで躊躇いもなくお金入れちゃうんですかっ!?」

 「だって面白そうじゃないか?」

 「全然そうは見えませんけど!」

 「そんな叫ぶなって、ほらもう始まるぞ。構えて構えて」

 「う、ううーっ。先輩のいじわる、あほ、ばか、へんたい、すかたんぽん!」


 後輩ちゃんの可愛い罵倒を右から左に受け流し、俺は目の前に現れたゾンビやら大きな蜘蛛の化物やらを銃で撃ち落としていく。

 隣の後輩ちゃんはといえば、へっぴり腰で涙目になりながらトリガーを引きまくっている。敵が現れるたびに顔を背けたり目を閉じているものだから、撃った弾が明後日の方にばかり飛んで行って一向に当たらない。そうこうしている間に、後輩ちゃんはゲームオーバーになってしまった。

 1人残された俺は、あちこち逃げ回ったり、必殺技ゲージを貯めて敵を纏めてなぎ倒しながらなんとか進めていたのだけれど、ラスボスの手前でゲームオーバーになってしまった。

 終わった頃にはどちらも息を切らしていて、汗をかいていた。


 「いやー、楽しかったな。結構進んだもんな」

 「私はちっとも楽しくありませんでしたけどね、凄く怖かったんですよ?」

 「ごめんごめん。まさか、あそこまで駄目だとは」

 「私、怖いの苦手! りぴーとあふたーみー!」

 「後輩ちゃんは、怖いの苦手。大丈夫、もうしない」

 「その言葉、憶えましたからね」


 後輩ちゃんはぷんすかと怒りながら捨て台詞を吐く。本来ならば恐怖するところなのだろうが、髪を逆立て、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている後輩ちゃんが威嚇している子猫に見えてどうにも迫力が無い。

 俺は、にやけそうになるのを必死に堪えながら頷く。すると、後輩ちゃんはやや留飲を下げて次のゲームを探し始めた。


 (次もホラー系にしたら、後早坂はどんな反応をするかな)


 そんな事をしたら、次は間違いなく本気で怒られるどころか、下手したら手が飛んでくる。きっと全然怖くないし、痛くも痒くもないんだろうけど。

 俺は早坂と一緒に筐体を見て回りながら、そんな事を考えていた。


 結局、早坂が次に選んだのは格闘ゲームだった。2タテされた。

 やっぱ後輩ちゃん強いわ。

 ちくしょうめぇ!

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