第2章 2度目の/初めての夏休み編

第29話 先輩と、久しぶりのお出かけです

 西暦2134年、7月26日。午前10時6分。


 「先輩は――、まだ来ていないみたいですかね」


 私は、三葉大学駅から3つ離れた新昴駅の東口に来ていました。

 何故かと言いますと、今日、久々に先輩と2人でお出かけするからなんです。

 今から遡る事1週間前。大事な中間試験を前に緊張していた私に、先輩が「試験が終わったら、久しぶりに2人で出かけようか」って言ってくれたんです。

 それを聞いた私は、もの凄く燃えました。それはもう、緊張なんか一瞬で吹っ飛んでしまったくらいに。

 まだ試験の結果は発表されていませんが、手ごたえから察するにきっといい成績が取れているに違いありません。復習や試験を想定した過去問、小林先輩や他の先輩方が用意してくれた対策問題も解いてきましたし、きっと大丈夫なはず。多分。


 (それにしても、今日は流石の暑さですね)


 梅雨が明けた東京はそれまでのじめじめした天気が嘘のように綺麗に晴れて、特に今日は雲一つない青空が窓の向こうに広がっているのが見えます。

 ただ、その分だけ気温は上昇していて、駅の構内に居るというのにじんわりと汗をかいていました。

 そういえば、朝の天気予報では東京の最高気温が40度を超えると言ってました。

 腕とスカートの端が少しだけ透けている白のワンピースを着て、日焼け止めクリームを入念に塗って、熱中症対策も万全にしてきたつもりですけれど。ここまで暑いと、水分を多めにとって休憩もこまめに挟んだ方が良いのかもしれません。

 そんな事を考えていると、駅のホームからお目当ての男性が歩いてきました。

 現・国立三葉大学法学部2年生にして、私が都立青豊高校に在籍していた時からの先輩である楠木努さんです。


 「ごめん、待たせちゃったか」

 「いえいえ。私も5分前ぐらいに着いたばっかりなので」


 薄水色のシャツにベージュ色のパンツ姿の先輩が、額に僅かな汗を浮かべながら私に声を掛けます。

 流石に今日ばかりは紫外線を吸収しない服を選んできた先輩ですけど、やっぱり暑そうですね。私はポーチからタオルハンカチを取り出すと、ぐっと背伸びをして先輩の汗を拭います。

 先輩は若干気まずそうに気ながらも、黙って受け入れてくれました。えへへー。


 「ありがとう。でも、そう言う事を男の人に軽々しくするもんじゃない。下手すりゃ勘違いされるから」

 「え? 私、先輩にしかこんな事しませんよ?」


 そう言うと、途端に先輩の頬が真っ赤になります。わ、恥ずかしがってる先輩も久しぶりに見ましたよ。


 「……後輩ちゃんのいい所は素直な所だけど、逆に駄目な所でもあるな」

 「ええっ!? 駄目って、どこがですかっ?」

 「そこは、俺から言うのはちょっと。自分で考えなさい」


 そう言うと、先輩はくるっと背を向けて手に持っていたスポーツドリンクを飲み始めました。

 むー。先輩に色々と聞きたいことはありますけど、今の先輩は恥ずかしがって答えてくれそうにないので、断念します。

 先輩に私が異性であることを意識させただけでも、良しとしましょう。


 「それにしても、2人だけで出かけるのって本当に久しぶりですよね」

 「ん? ああ、そうだな」


 高校時代はよく一緒に帰ってましたし、休日も部活で必要なものを一緒に買いに行ったりとかしていたんですよ。先輩に振られてからは、お互いに連絡する頻度も減ってしまって、部活の相談とか生存確認とかぐらいににしか連絡しなくなっちゃいましたけど。


 「昔はよく一緒に帰ってたんだったな」

 「そうですよ。学校の帰り道に、お総菜屋さんに寄ってコロッケとか買って食べたじゃないですか」

 「よく憶えてるな。俺も憶えてるんだけどさ。その時、確か生徒指導部の先生に見つかったんだよな」

 「はい。先輩が、後輩を誑かすんじゃないって怒られてましたね」

 「あの時は本当に参ったよ。先生は怒ってるし、早坂は知らん顔してるし」

 「だって、怒られたくないじゃないですか。そこは先輩が守ってくれないと」

 「人を楯にするんじゃあないよ、ちくしょうめ」


 そう言って、先輩が私の頭をふわっと叩きます。一切いっさい力の籠っていない拳を裏っ返しにして、私の髪に触れるか触れないか位の強さで。昔と全く変わっていないその叩き方に、知らず頬の筋肉が緩んでしまいました。


 「え、何笑ってんの?」

 「なんでもないですよー。ただ、先輩は優しいなって」

 「いきなり何さ。ゾッとするわ」

 「酷い! 美少女の私が褒めているのに、先輩のひねくれ者さんめ」

 「びwしょwうwじょw」

 「ぶっとばぁす!」


 鳩尾めがけて渾身力を込めて放った右のストレートは、情けない音を立てて先輩の腹筋に弾かれました。

 先輩は「きかぬわぁ」と言って大仰に笑います。くそう、筋トレしているからって無駄に筋肉をつけやがってからに。逆にこっちの拳が痛かったじゃないか。

 ちくしょうめぇ!

 私がじんじんする拳に息を吹きかけていると、先輩がヘッドセットを付けて、腕のプトレマイオスを軽くタッチしました。何か検索しているみたいなんですけれど、一体なんでしょうか?


 「先輩。そう言えば、お出かけするのは決まってましたけど、何処に行くかはッてませんでしたよね?」

 「ああ。昨日、行きたい所に目星を付けてきたんだけど、すこし道が不安でさ。今、ちょっと確認してた」


 先輩は小さく「あの道をこう行って、次は信号を右に」とか呟いています。そんな分かりずらい所にある建物って、なんなんでしょう?


 「あの、何処に行くんですか?」

 「それは、着いてからのお楽しみ。じゃあ、行こうか」


 ヘッドセットをバッグの中に仕舞った先輩が、そう言って歩き出しました。

 先輩がそこまで言うんですから、悪い場所じゃないことは確かですね。私は先輩の隣を歩きながら、どうやって私を楽しませてくれるんだろうと、期待に胸を膨らませました。

 ……私、楽しみにしてますね。ね、先輩?

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