第5話 後輩ちゃんは、1人で悩み過ぎることもある

 西暦2134年、4月27日。午後0時15分。

 俺と後輩の早坂は、南キャンパスにある学食『ラ・ボーノ』にて共に昼食を取っていた。

 今日の昼食は、俺が大盛焼き鳥丼(温玉のせ)にじゃが芋とわかめの味噌汁、きゅうりとカブのお新香。早坂がポークカツカレーにサラダ、モンブランケーキ。

 これだけ付いて、1,000円以内だというのだから、学食というのは恐ろしい。採算が取れているのか時折心配になるが、学生の数が多いし、ほぼ全ての学生が利用するのだから、案外儲かっているのだろうか。

 当事者でないので分からないのだが。


 「ん! 先輩このカレー、凄く美味しいですよ!」

 「だろうな。俺も食ったことあるが、美味かった」


 向かいからは、スパイシーな良い香りが漂ってくる。ここのカレーは海上自衛隊のカレーを参考にしているとかで、もの凄く美味いんだ。一口食べればピリッとした辛みとフルーティーな旨みと深いコクが口いっぱいに広がり、揚げたてのポークカツは噛むと衣がサクッと音を立て、脂身が舌の上で溶けていく。

 多分、ここの学生は皆好きなんじゃないだろうか?


 「先輩の焼き鳥丼も、美味しそうですね」

 「まあな。伊達に、ここの料理長が研究に研究を重ねて編み出したメニューってぐらいだからなぁ。お勧めだよ」

 「へー、そんなに美味しいんですか」


 炭火でじっくりと焼かれた鶏肉はふっくらと仕上がり、それに秘伝のタレを塗った焼き鳥は頬が落ちそうなぐらい美味い。たれは塩だれと普通のタレの2種類があり、券売機で選べるようになっているのだが、俺の頼んだ大盛りはどっちも乗っかっているのだ。

 味噌汁も、焼き鳥丼の味付けが濃い分あっさりな味付けがされている。合間に飲むと安心するんだよ。

 そして、安定のお新香。早坂に叱られてからなるべく野菜を摂るようになったのだが、最近お漬物の美味しさに目覚めつつある。ちらりと腕時計を見れば、時計の針はいつの間にか45分を指していた。

 そう言えば、早坂の予定は入っていただろうか?


 「――なあ、早坂」

 「ふぁい? ふぁんふぇふふぁなんですか

 「ああ、ごめん。食ってる最中だったか」


 早坂は、幸せそうにカレーに舌鼓を打っていた。うわ、口がハムスターみたいになってる。


 「……んぐ。はい、なんですか?」

 「いや、その。俺はこの後、家に帰るだけなんだけど、早坂は3限入ってるのか?」

 「いえ、それが入ってないんですよ。講義の関係上、組むのが難しくって」


 早坂によると、こういう事らしい。

 文学部の1年は、必修授業が週に2回あるものが多いらしい。しかも、中には2コマぶっ続けの講義もあるらしい。年度初めにカリキュラムを組んだはいいものの、抽選に外れたり、時間が被ってしまって取れない授業があったりしたとのこと。

 結論を言えば、この後は暇であるとの事だった。


 「面白そうな授業、あったんですよ? 西洋文学史とか、考古学Ⅰとか、現代倫理学総論とか。でも、みーんな必修が枷になってるんです」

 「それはまあ、法学部でも同じだったなあ。財政学を学びたいのに、刑事訴訟法がどうしても被ってて断念したりとか」

 「先輩もですか。うう、1年生なのに、午後が丸ごと暇って大丈夫なんですかね……」


 空になった皿を眺めながら、早坂は大きく溜息を吐く。

 確かに、午後が丸ごと空いているのは珍しいかもしれない。でもあれ? 確か早坂は、火曜以外はきちんと入れているんじゃなかったっけ?


 「なあ。早坂が組んだカリキュラム、ちょっと見せてくれよ」

 「え? いいですよ」


 早坂はバッグから薄黄色の冊子を取り出し、俺に手渡す。これ、新入生がオリエンテーションで最初に渡されるやつで、自分が組んだカリキュラムを書きこむことが出来るんだよな。俺も入学したての頃は、よく使っていた記憶がある。

 そして、ほら。やっぱりそうだ。

 早坂は、火曜日の午後と、木曜2限、金曜の3限以外はきっちり入っている。

 1年で取れる最大単位数が48単位で、前期に取れる単位数が24単位まで。

 最初にしてはちょっと多いかな、とは思うがこれなら大丈夫そうじゃないか。


 「なんだ、問題ないじゃないか」

 「うう、そうですか? 友達とかは、結構ぎっしり入れちゃってるんですけど」

 「むしろ、最初からぎっしり詰める方が危ないぞ?」

 「え」

 「高校までとは違うからな。1つの授業も90分と長いし、学ぶことも専門的になるから予習・復習は欠かせない。最初は少し緩めに取っておいて、1年の後半と2年生からフル単にした方が良い」


 って、去年卒業してしまった先輩の島津忠持成就しまづただもちなりつぐさんが言ってた。

 最初は俺も去年の1学期は24単位きっちり入れていたのだが、予想していた以上に大変で単位を1つ落としてしまったんだ。落とした単位は、海商法。そもそも商法すら履修していない当時の俺にはまだ早かった。

 おのれ、島津先輩。東の都からお恨み申し上げつかまつるぞ。


 「それを早く言ってくださいよ……。無駄に損した気分じゃないですか」

 「いや、単位を全部取れれば問題ないだろ。3年からが楽になるんだし」

 「それはまあ、そうなんですけど」


 そう言って早坂はモンブランケーキを食べ終えると、「ごちそうさまでした」と言って律儀に手を合わせる。

 こう言う所なんだよなぁ。人間が出来ているというか、上品というか。早坂の親御さんがしっかり教育してくれたおかげだなのだろう。まだ数回しかお会いした事の無い早坂の両親に頭を下げつつ、この後の予定を考える。

 天気が良いし、帰ったら布団でも干してしまおうかなんて考えていたら、早坂が控えめに声を掛けてきた。


 「先輩、えっと、このあとは暇ですか?」

 「ん? ああ。まあな」

 「もしよかったら、なんですけど。この後、ちょっとお出かけするんですけど。先輩の都合が良かったらなんですけど、一緒に行きませんか?」


 はて、なんだろう?

 言うて早坂も大学生だし、1人で出かける位は当然あるんだろうけれど。

 しかし、俺と一緒に行くとなると、単なる買い物とかでは無そうだし。見たい映画でもあるんだろうか?


 「俺は良いけど……どこに行くんだ?」

 「それは、着いてからのお楽しみですっ」


 そう言って、後輩ちゃんは恥ずかしそうに笑った。

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