第6話 先輩は、案外可愛いもの好きです
西暦2134年。4月27日。午後13時41分。
私と努先輩は、都内にある猫カフェに来ています。
キジトラ・三毛・メインクーン・シャム……etc。大きな猫から仔猫ちゃんまで、たくさんの可愛い毛玉たちが店内を自由気ままに闊歩しています。
「わあー! 一度来てみたかったんですよ、猫カフェ!」
「へー、ここが。なんか緊張するな」
先輩は物珍しそうに店内を見渡しています。
昔、先輩と一緒に映画館とかは行った事がありましたけど、猫カフェはお互い初めてですもんね。
先輩は猫アレルギーとか無いですし、私も昔シャム猫を飼っていたので、扱いは慣れています。
「いらっしゃいませ。何名でのご利用ですか?」
「2人です」
「では、空いている席にご案内しますね」
猫の形をした名札を付けた可愛い店員さんが、私たちを奥の席へと案内してくれます。その間も、にゃんこ達が足の間を行ったり来たり。踏まないように気を付けながら2人席へと腰を下ろします。
先輩は眼鏡のつるを押し上げながら、物珍しそうに店内を見渡します。カフェの内観が私たちの知っているそれとは大きくかけ離れていますから、私もちょっとびっくりしています。
「結構ゆったりした空間なんですね」
「そうだな。カフェって言うからには、もっとちゃんとしたのを想像していたけど」
「きっと、猫ちゃんの活動に合わせて設計されているんですね」
私がそう言うと、先輩は納得したように大きく頷きます。
店内は、カフェの奥に2人掛けの席が2つあるほかには、壁伝いに大きなソファが並べられています。床の上にはふかふかの絨毯が敷かれており、猫ちゃんが気持ちよさそうに丸まっていました。
客層は、女性の方が多いでしょうか。若い女性が猫じゃらし片手に床に座って猫とじゃれていたり、カメラを手にしたお姉さんが写真に収めたり。
のそのそとキャットウォークを歩く猫ちゃんを眺めながら癒されていると、先ほどの店員さんが私達に声を掛けます。
「こちら、ドリンクのメニュー表と、猫ちゃんたちの名簿になります」
「ああ、ありがとうございます」
「それと、本日はカップル割を行っておりまして。対象の方はケーキセットを半額に致しますが……」
「カッ!? い、いや、俺たちは――」
「あの、じゃあお願いします。せっかくなので」
私がそう言うと、先輩はぎょっとした顔で私を見下ろします。
そんな、『猫がねっころがった』って駄洒落を聞かされた虎みたいな顔をしなくてもいいじゃないですか。
店員さんは先輩が恥ずかしがっていると勘違いしたのか、にこやかに笑いながら「お決まりになりましたら、声で知らせてください」と言ってカウンターに戻っていきました。
「……おい、知っていただろ?」
「はて、なんの事でしょう? 私には分かりませんね」
「分かりやすい嘘を吐くんじゃあないよ。下手な口笛なんか吹きやがって」
先輩は私の知らんぷりにあきれ顔で溜息を吐くと、眼鏡をクイっと上げてメニュー表と名簿を開きます。
ドリンクはカフェらしくコーヒーとかアイスティーとか。あ、『な行』が全部『にゃ』になってる! 可愛いー!
私は迷った末、アイスティーのケーキセットを頼むことにしました。先輩はコーヒーのケーキセットを。
店員さんを呼ぶと、数匹の猫ちゃんも一緒に来ました。
「私は、アイスティーのケーキセットをお願いします」
「俺も同じものを。ドリンクはホットコーヒーで」
「ケーキセットが2つ、ドリンクはアイスティーとホットコーヒーですね。畏まりました」
店員さんはボードに貼った伝票用紙にすらすらと書きこむと、手にした籠からパック詰めされた猫のおやつをテーブルの上に乗せます。
すると、足元にいたキジトラの猫ちゃんがひょいとテーブルの上に飛び乗ってきて、すんすんと鼻先をパックに近づけます。
きっと、美味しそうな匂いがしているんでしょう。
「これ、猫用のおやつですか?」
「はい。待っている間、あげてみて下さい。喜びますよ」
「わー、楽しみ! 先輩、早速あげてみましょう!」
「そうだな」
先輩も心なしか楽しそうに、パックの蓋を外します。
ちょっと鰹節の匂いがする固形物を掌に乗せると、匂いを嗅ぎつけた猫ちゃんたちがテーブルや膝の上に飛び乗ってきました。
「ひゃあ!? 思ったよりいきなり来た!」
「うお、お前、ちょっと重いな。まてまて、今おやつを――って、こら。尻尾を首に巻き付けるんじゃあないよ」
先輩は肩の上に乗って来た大きなメインクーンを相手にしています。名簿によると、あの子の名前は、『にくじゃがまる』と言うらしいです。
私の膝に乗った三毛猫・『ささみふらい』は私の掌に乗ったおやつに夢中です。ざらざらの舌と、お髭と毛の感触がくすぐったい。
そうして猫とじゃれたり弄ばれたりしていると、店員さんがテーブルの上に私達が注文した品を置いた。猫が食べないよう、ケーキの上にはふんわりとラップがかけられている。
「お待たせしました。こちら、本日の日替わりケーキセットになります」
「あ、ありがとうございます。うひゃあ、くすぐったい!」
「ふふ、ささみは人懐っこいので、誰にでも甘えに行くんですよ。他にも色んな猫ちゃんがいますから、来たら撫でてあげてください」
「ありがとうございます。そうしてみます」
店員さんが去ると、私達は猫ちゃんが食べないように気を付けながらケーキを食べます。今日のおすすめケーキは、ショコラチーズケーキなるもの。
ガトーショコラの生地と、サワークリームチーズの2層で出来たケーキは甘みと酸味のバランスが丁度良くて、チーズの上に乗っかったオレンジのシロップ漬けがいいアクセントになっています。
この位の甘さだったら、先輩も食べられるかな?
「美味いな、このケーキ」
「はい。先輩、これぐらいなら食べられるんじゃないですか?」
「うん。この位の甘さの方が好きだな」
そう言って、先輩はケーキを頬張ります。
……うん、おいしい。アイスティーで口を潤しながら、お店の真ん中で寝っ転がっている灰色の猫ちゃんを見つめます。
名簿によると、あの子の名前は『ひつまぶし』。猫ちゃんは日向ぼっこをしていたかと思えば、お客さんが入って来ると一番最初に出迎えに行きます。お客さんが席に着くと、今度は仔猫ちゃんたちの激しいじゃれ合いに割って入ったり。
「――あの猫ちゃん、先輩みたいです」
「ん? あの灰色の猫か?」
「はい。のんびりしてるのに妙にきっちりしてて、面倒見がいい所とか。先輩にそっくりですよ」
「そうか? それを言うなら、あそこで寝てる茶トラの猫なんか、早坂っぽいけどな」
そう言って、先輩は猫ちゃん用のソファの上で丸くなって寝ている2匹を指さします。キジトラの方が『みそおにぎり』くんで、彼のお腹の上に顔を乗ってて爆睡中の茶トラの方が『すいとん』ちゃん。
でも、私のどこが『すいとん』ちゃんに似ているんだろう?
「先輩、私あんなに寝てるキャラでしたっけ?」
「違うわ。早坂は心を許した相手には引っ付き虫になるし、良い意味で遠慮が無いっていうか」
「うぐ。それ、褒めてます?」
「褒めてるよ。昔の早坂からすれば、可愛いもんだ」
先輩の発言に、私は飲んでいたアイスティーが気管に入って咽てしまいました。
1つは、先輩が可愛いって言った事、2つ目は、昔の私を引っ張り出してきたこと。
うう、黒歴史だから思い出したくないのに。急に咳をしたから、近くにいた猫ちゃんがびっくりして遠くに行っちゃったし。
恨みを込めて先輩を睨みつけると、当の本人はニヤニヤと笑って私に追撃をかまします。
「なんだっけ? 最初に会った時、『私、顔だけで近づいて来る男子とか――』」
「わあああっ、それここで言わないで下さいよっ! ぶっとばしますよ!」
慌てて先輩の口を塞いで、これ以上の私の汚点が暴露されるのを防ぎます。
確かに言いましたけど、この場で言わなくてもいいじゃないですか。
誰が聞いてるか分からないし、危ないなんてもんじゃないですよ、本当にもう!
それにほら。
近くのお客さん達は生暖かい眼で私達を見てくるし、店員さん達は目を白黒させてるし、猫ちゃんたちは勝手気ままにのんびりしてるし。
先輩は先輩は、笑って「ま、昔の早坂も可愛かったし」なんて言ってくるし!
――ち、ちくしょうめぇっ!
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