第7話 後輩ちゃんは、やっぱり朝が弱い
西暦2134年、5月5日。6時2分。
枕元でなったアラームを止め、ベッドから這い出る。
ぐぐっと大きく伸びをして、カーテンを開ける。分厚い雲が空を空を覆い、冷たい雨がざあざあと降っていた。
「こりゃ、今日の天体観測は中止かなぁ」
今日は、天文サークルの恒例行事である5月初めの天体観測。サークルに入ってきてくれた新入生たちに、5月に見られる星座と宇宙の面白さを知ってもらおうと毎年企画して行ってるのだが、流石にこの天気だと危ないだろうか。
テレビを付けると、いつものお天気お姉さんが雨合羽を着てスタジオに今日の天気を届けている。
『――今日の天気は、雨のち曇り。午前中は雨でしょう。午後3時以降になると雨が止んできますが、所によって強風が吹くので傘を持っている人は注意してください。最高気温は――』
「マジか。じゃあ、雨が止み次第決行するのか?」
今日はバイトも無いし、1日予定を開けてある。天体観測に必要な道具は昨日部室から持って来てあるし、星の資料の印刷は既に終わっている。
後は部長の判断待ちだが――そこまで考えていたその時、本人からメールが入った。
『おはよー。皆のアイドル、部長でーす。今日の天体観測は雨天決行でーす。来られる人はなるべく参加してねー?』
雨天決行ときたか。もし雨が降り続けていた場合、どうするんだろう?
『おはようございます、楠木です』
『あ、おはよー。なになに? いつもは了解メール以外返信くれないのに、今日は珍しいね』
『なんで根に持ってるんですか。それは置いといて、雨天決行ってことは、外でやるんですか? びしょ濡れになりますよ』
プトレマイオスの視線誘導式入力を解除し、脳波感知式に切り替えてからメールを打つ。単純に目が疲れるし、ぐるぐる動くから気持ち悪くなる。
株式会社スバルという会社が開発した間接神経接続型・
電話・メール・インターネットは勿論のこと、電子書類の作成や土地の売買まで出来るのだから、100年前に存在したという『スマホ』よりも革新的な進化を遂げている。
メールを送信すると、待っていたかのように返信が返って来た。
『えへへー。実はね、池袋駅の西側に出来た科学館で、プラネタリウムを上映してるの。だから、14時を過ぎても雨が降っていたら、そこに行こー』
『マジですか。よく見つけましたね、そんな所』
『ふふーん、これでも天文サークルの部長さんだからね。我々の活動に必要な場所は、1ヶ月前からリサーチ済みさ』
なん、だと?
なんて用意周到なんだ。しかし待てよ? その場合、俺と山田さんが作った資料が無駄になるという事か?
それを部長に伝えると、なぜか山田さんから返信が来た。
『無駄にはならないよ。文章で知識を頭に入れるのと、体感するのでは伝わる情報量がまったく異なるからね。事前に俺たちの作成した資料を読むもよし、後で見て補完するのも良し』
『うんうん。文字だけじゃ理解するのに限界があるし、体感しても知識が無いんじゃ楽しめないでしょ? せっかく入って来てくれた子たちだもん、先ずは精いっぱい楽しんで貰わないと、ね』
『おお……俺の彼女がまともに見える』
『なんだとー。私の彼氏の癖に、減らず口を叩きおってからにー。覚悟しろー』
感動したのもつかの間、公の場でいちゃこらし始めたバカップルに辟易した俺は、部長と山田さんのやり取りをミュートにして情報を遮断する。
あの2人、仲が良いのは大変よろしいのだが、残念なことに限度を知らない。暇な時だろうが、授業中だろうが、サークル活動中だろうがお構いなしにくっ付いていうものだから、見せられるこっちは堪ったもんじゃない。
入部してくれた新入生がタイムライン上で部長とやり取りをを交わしているのを見ていると、俺は早坂の名前が無い事に気が付いた。
現在の時刻は6時52分。いつもなら、朝のメールがとっくに来ていてもおかしくない時間だが、今日に限ってメールは届いていない。
……ははあ。さてはまだ寝ているな?
俺は逆に、ねぼすけの後輩ちゃんを起こすべくメールを打つ。
『早坂、おはよう。朝ごはんはもう食べたか?』
うん、こんな感じだろう。
いつもは割とすぐに返信が来るはずなのだが、5分、10分待っても返信が来ない。
完全に熟睡していると判断した俺は、朝ごはんを作るべく着替え始める。
白と黒のシャツに、ジーンズ。今日は肌寒いから、灰色のカーディガンを羽織って寒さに対抗する。
マーガリンを塗った食パン2枚をトースターに突っ込み、熱したフライパンでベーコンを4枚焼く。残った油で目玉焼きを作って、電気ケトルで沸かしていたお湯をカップに注ぎ入れる。
粉末コーヒーをお湯に溶かせば、今日の朝ごはんの完成だ。
皿を炬燵の上に並べて、さあ食べようかと胡坐をかいたその時、プトレマイオスに着信が入った。
相手は、早坂だ。
『食べてますん』
なんだそりゃ。
寝起き間違いなしの後輩らしい意味不明なメールに心の中でツッコミを入れる。
これじゃあ、食べてないのか、食べている最中なのか分からんな。俺はプトレマイオスのカメラ機能を使って炬燵の上に並べられた朝食を撮る。
「これ、早坂に送ってやろう」
いつもとは逆の立場になっている事に内心浮足立ちながら、俺は撮ったばかりの画像を早坂に送る。
さて、どんな反応が返って来るか。
『先輩!』
『なんだ、後輩ちゃん』
『朝ごはん、食べさせてください!』
――拝啓、早坂のご両親様。
あなたの娘さんは、一般常識というものが欠落しておられるようです。こんな朝早くから1人暮らしの男の家に行き、尚且つ朝ごはんをせびるなんて。
それなりに知った仲の僕であったからいいものの、これが年下にしか興味の無い顔が良いだけの勘違いクソ野郎だとか、可愛い女性に目が無いあんな奴だったらもう大変です。
娘さんの貞操の危機どころではありません。
早坂の人懐っこい性格は非常に好ましく、また1人の女性としてとても魅力的に感じずにはいられませんが、そこはそれ。
先輩として、1人の男性として少し叱っておかなければなりません。
今後、3日以内に俺の愚痴を言いに来るやもしれませんが、右から左に受け流して下さると幸いです。
かしこ。
(って、なんで俺は数回しか会った事も無い親御さんへ、懇切丁寧な抗議文を考えているんだろう)
後輩ちゃんから送られてきたメールに続いて、犬が涎を垂らして目を輝かせているスタンプが送られてくる。
本当に分かってねえな、このやろう。一発ぶっとばしてやろうかな。
と、いうことで。
『しょうがないな。2人分作っておくから、さっさと来い』
『わあーっ!! ありがとうございます、先輩好き!』
好きという単語を目にした途端、早くなる鼓動に気付かない振りをしながら、俺は追加の朝ごはんを作り始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます