第35話 先輩と、遊園地に来ています
「なあ早坂、次はどれに乗りたい?」
西暦2134年、8月10日。午後1時24分。
テーマパーク内のレストランの中で私たちは遅めの昼食を取っていました。
先輩が口いっぱいに詰め込んだハンバーガーをごくりと飲み込んだ後、私にパンフレットを差し出してきます。
「うーん、あんまり激しいのじゃ無ければ。ゆっくり楽しめる感じの乗り物がいいです。——あ、口にソース付いてますよ」
「げ、マジか。……取れた?」
「思いっきり反対です。ちょっと、じっとしててくださいね。――はい、取れましたよ」
私は身を乗り出して、対面に座る先輩の右頬に付いたソースを紙ナプキンで拭きとります。その途端、周囲から羨ましそうなため息や冷やかしの視線があちこちで上がると同時に、怨嗟の立ち上る気配がしました。
はて、なんででしょう?
因みに、先輩が食べていたハンバーガーは、鴨肉のスパイシーチリバーガーという少し珍しいハンバーガーです。衣を付けて外はカリッと、中はふわっと揚げられた鴨の胸肉に赤いチリソースが掛かったバーガーは、見た目に反してしつこくないと先輩が絶賛していました。
私は無難に、海鮮塩焼きそばにしました。味噌煮込み定食と迷ったんですけど、そっちは大学で食べているので。偶には、違うメニューも食べてみたいですもんね。
それはさておき。どうしましょうか?
絶叫系や体を動かすのは午前中に結構乗りましたし、午後はゆっくりした乗り物に乗りたいです。お昼も食べた直後ですし。
パンフレットを広げて悩んでいると、とある場所に目が留まりました。
「あ」
「ん、どした?」
「先輩。私、ここに乗りたいです」
そう言って私が指をさしたのは、テーマパークの中心にある巨大な人工池。正確に言えば、その池の中で楽しめるアトラクションです。
人工池といっても、ただ水を入れただけの淡水の池ではないようで、なんと地下で海とつながっているのだそうです。
数人乗りの潜水艇に乗って、人工池の中をゆったり遊覧できるというアトラクションは、主に女性に人気だとパンフレットに書いてありました。
「ほほう。まあ、確かにお昼を食べた直後だし、ゆっくりできるものがいいよな」
「はい。しかも、この遊覧船から池の中にいる魚とかを見られるそうなんですよ。最近は熱帯魚も混じってたりするらしいので」
「珍しい魚に出会えるかもしれない、と。なるほど、それは俄然興味が湧いてきた」
満場一致で私たちは同時に頷くと、席を立ちます。
ゴミはゴミ箱に入れて、トレイは返却口へ。
中で働くスタッフに「ごちそうさまでした」、「美味しかったです」と先輩と一緒に言うと、笑顔で「ありがとうございます」と返してくれました。
向こうはただの営業スマイルなのかもしれませんけど、やっぱりああやって言ってくれると嬉しいですよね。
私と先輩は池の外周にある受付へと進みます。レストランが賑わっていたのもあってか、辺りには並ぼうか迷っているお客さんがまばらにいるだけです。
「すみません。遊覧船に乗りたいのですが」
「ありがとうございます。海中クルーズへようこそ。大人2名ですね」
「はい」
「当アトラクションは、目の前に広がる巨大な池の中を、この遊覧船に乗ってのんびりゆったりと進む。所要時間は15分ほどとなっておりますが、お手洗い等の準備は済まされましたか?」
「はい、大丈夫です」
「では、遊覧船の中へお進みください。中に入りましたら、スタッフの指示に従って椅子にお座りください」
スタッフさんはそういうと、入り口にかけてある太い鎖を外して桟橋へと私たちを誘導します。
うおおう。手すりがあるとはいえ、結構揺れますね。おっかなびっくりになりながら船の入口へと続く橋を渡っていると、前を行く先輩が唐突に振り向きました。
はて?
「早坂、ほら」
「え?」
「え、じゃないが。結構揺れるから、俺の手を掴んでていいよ」
……はぁ。
なんでこの先輩は、普段はすかたんぽんなのに、こういう時だけかっこよくなるんだろう。
そんなことされたら、余計に好きになっちゃうじゃないですか、まったくもう。
先輩はそんな私の内心など知りもせず、一切の下心などない真っ直ぐな眼差しで、私に手を伸ばしています。
促されるままに、こちらに伸ばされた手を掴むと、先輩は力を込めて私をぐいと引っ張ります。
私の腕を引っ張る先輩の大きな手はあったかくて、そして力強くて。それを見ていたら、なんだかお腹の辺りがむずむずしてきました。
(ちょっとぐらい、意地悪してもいいですよね)
さっき食べた海鮮焼きそばのせいだとか、揺れる橋にほんのちょっとだけ怖くなっているとか、言い訳は頭の中で幾つも浮かんだんですけど。
けれど、それらを全てかなぐり捨てて、私はどれだけアプローチを重ねてものらりくらりと躱す不誠実で意地悪な先輩の胸に思いっきり飛び込みました。
「うわっ!? おい、早坂?」
「えへへ。勢い余って、先輩の胸に飛び込んでしまいました。失敗失敗」
「嘘をつけコノヤロウ。間違いなく確信犯だったろう」
「あれ、ばれました?」
「ばれるわ!」
先輩は、いきなり飛び込んできた私に驚いたようですけど、それでもしっかり私を抱き留めてくれました。頭の上から、先輩の珍しく焦った声が聞こえます。
先輩の胸は、細身の割に結構がっしりしていました。高校の時、ちょっとした事故で抱き留めてもらったことがありましたけど、その時よりも広くなった気がします。
そして、先輩の服からは柔軟剤のいい匂いがしました。ラベンダーでしょうか、それともジャスミンとかでしょうか。ほんのちょっとだけ汗のにおいもしますけど、まったく苦になりません。
匂いフェチではなかったつもりなんですけどね。
「……いや、いつまで抱きついてるんだ。いい加減離れなさい」
「ひゃあ。どこ触ってるんですか、先輩のえっち」
「ただの肩だよ!」
先輩の服に顔を埋めたまま鼻をすんすんと動かしていると、顔を真っ赤にした先輩が恥ずかしそうにしながら私を強引に引きはがします。
私個人としては、もうちょっとだけ嗅いでいたかったのですけど。心底残念です。
でも、先輩の珍しく狼狽えた姿を見れたので、この場では満足するとしましょうか。
まだまだ日は長いですから。覚悟してくださいね?
ね、せんぱいっ!
【感謝! 14,000PV達成!】後輩ちゃんをふってしまった俺が、逆に堕とされるまで まほろば @ich5da1huku
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