第21話 後輩ちゃんは、すごく努力家

 西暦2134年、6月27日。午前10時22分。

 《清水ベーカリー》の店内で、俺と早坂は俄に忙しくなった店内で接客に追われていた。なんでも、一昨日の昼に飲食店紹介サイトにこの店の名前が載ったらしく、評判を見たお客さんがやって来たのだ。

 凄いよなぁ。俺が朝出勤したら、シャッターの降りた店の外でお客さんが数人並んでいるんだもん。そんな光景を俺は初めて見たし、それを報告したら店長さんと初音さんもびっくりしてた。

 急遽、今日のシフトでは休みだった早坂を呼んで開店の準備をしたわけだけれども、お客さんの入りは俺たちの想像をはるかに超えていた。

 一番人気の食パンは開店から僅か30分で売り切れになり、総菜パンも朝の通勤ラッシュと重なって多くが籠から無くなってしまった。菓子パンもいつもの倍以上売れていて、今は店長さんと初音さんと急ピッチでパンを焼いている。

 BLTサンドイッチとコーヒーを買いに来たという老夫婦の会計を終えると、厨房の方から慶司君が声を掛けてきた。


 「あの、努さん。パンの粗熱が取れたから、お店に出してくれって」

 「ありがとう。それじゃ、お客さんが少ない今のうちに棚に並べちゃおうか。慶司君、袋詰めは出来る?」


 慶司君の横にある4段重ねの1斤棚には、上から食パンとラウンドパン、バゲット、カレーパンやコロッケパンなど数種類の総菜パン、一番下に菓子パンが積まれている。


 「出来ます。個包装のやり方も父さんから教わってますし」

 「よし。じゃあ、食パンとラウンドパンの半分袋詰めして、棚に出そう。残りの半分はそのまま出す」

 「はい!」


 慶司君は勢いよく返事をすると、テーブルの上に番重を乗せて、一番上の棚から食パンとラウンドパンを、次に総菜パンを半分移し替える。


 「それが終わったら休憩に入ろうか。店長さんには俺から言っとくよ」

 「う、ありがとうございます。でも、僕はまだまだ働けますよ」

 「きっとお昼近くなったら今よりもっと忙しくなるから、その時には頼りにさせてもらうよ」


 そう言って、俺は棚を店内に移動させる。食パンとラウンドパンは2段になっている棚の下の段へ。上は袋詰めされた物が並ぶから、スペースを開けておかなくちゃならない。

 全部並べ終わったら、次にバゲットを筒状になった籠の中に入れる。フランスパンとバゲットは実はちょっと違いがある。フランスパンは、砂糖や卵、乳製品を使わずに小麦粉・塩・酵母・水だけで作られたパンの事で表面が固くパリッとした食感が特徴。歯が柔らかい子供にはあまり不向きというか、顎がしっかりしてる外国人向けのパンだな。

 で、バゲットというのはフランスパンの一種で長さが70~80㎝、重さが300グラム~400グラムまでのものをバゲットと呼ぶ。

 フランスパンにはバゲットの他にも色んな種類があって、他にもバタールだとかクッペ、茸の形をしたシャンピニオンなんてものもある。

 これを教えた時、早坂はびっくりしてたな。必死にメモを取って覚えようとしてた。生真面目で学ぶ姿勢を持っている彼女だからこそ、店長さんや初音さんは採用したわけだし、俺も学んだことを全て教えてあげようと思える。

 本人は絶対に表には出さないが、凄く努力家なんだ。今彼女はカフェスペースで接客中だけれども。あ、こっちに来た。


 「よ。そっちは終わったのか?」

 「はい。食器も洗っちゃいましたし、コーヒー豆の補充も済んでます」

 「流石だな。俺もこれを終わらせないと」

 「手伝います?」

 「あー、うん。じゃあ手伝ってくれ」


 本当は1人でも大丈夫だったのだけれど、何となく手伝ってほしくて言ってしまった。まあ、これを早く終わせてしまえば慶司君の作業も手伝えるかもしれないし、総菜パンの作業も出来るかもしれない。

 うん、合理的かつ完璧な判断だな。

 無理やりに自分を納得させると、その後は後輩ちゃんと手分けして焼きあがったパンを並べていく。包装が終わったという慶司君には休憩に入ってもらい、包装されたパンも棚に並べていく。その間にもお客さんはやって来るから、後輩ちゃんがレジにまわったり逆に俺がカフェの接客をしたり。


 「ふー、なんかいつもの倍忙しいですね」

 「下手したら、10倍ぐらいかもな。ネットの力って恐ろしいな」

 「ですね。先輩は、休憩どうするんですか?」

 「お昼のピーク過ぎて、早坂の休憩が終わったら入るよ」

 「……大丈夫ですか、それ? 先輩、ぶっ倒れちゃいません?」


 失礼な。俺を誰だと思ってる。俺がそんなに弱弱しく見えるというのか。

 確かに、普通の休日はライトノベルを読んだり、宇宙や星に関する本を読んだり、ゲームしたりしてるけどさぁ。あれ、思い返してれば、読書してるかゲームしかしてないや。あはは、悲しくなってきた。ちくしょうめぇ!


 「いや、いやいや。俺だってサークルとかで体力つけてるし。大丈夫だろ」

 「目が泳いでますよ、先輩」

 「大丈夫だ、問題ない」


 と、そんなふざけたやり取りをしながら仕事をしていると、店内にお客さんが何組か入って来た。時間的に考えて、昼のピークの始まりになるだろうか。俺は早坂に何かあったらすぐにヘルプを呼ぶように伝えて、店長と一緒に総菜パンの盛り付けと袋詰めの作業に入る。カフェスペースには初音さんが向かったから、大丈夫なはずだ。

 僅かに出てきた疲労に負けじと、俺は目の前の仕事に打ち込むのだった。


 追伸。結局、俺が休憩に入れたのは、14時近くになってからだった。正直、もの凄く疲れた。

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