第22話 先輩、相当疲れちゃってますね
西暦2134年、6月27日。18時36分。
アルバイトを終え、私達は人気の少ない道路を歩いていました。
どちらの家からも少しだけ距離があるので自転車で通ってるんですけど、流石に今日は漕いで帰る元気がありません。
途中、コンビニで買ったキャラメルラテを飲みながら、のんびりゆったり自転車を押して帰り道を歩きます。
「あー、今日の晩御飯どうしようかな」
「帰ってから作るんですか? 初音さんに貰ったパンがあるじゃないですか」
「いや、これだけじゃ足らんて。男子大学生の食欲舐めないで頂きたい」
私と先輩の自転車の籠には、帰りに初音さんから渡されたパンが数個、袋に入っています。私の方にはクリームパンとカツサンドと染み染みフレンチトースト、先輩の袋にはコロッケパンとベーコンエピとがっつりホットドッグ。
私はこれだけで十分かなって思ってたんですけど、先輩は物足りなそうにしています。別に舐めてるわけじゃありませんけど、先輩もやっぱり男の人なんですね。
「でも先輩、冷蔵庫に具材入ってるんですか?」
「探せばあるんじゃないか?」
「探す時点で何も入ってないのと一緒じゃないですか……」
それに、昨日のメールに冷蔵庫の中の野菜全部使いきったから、今日のアルバイト終わりに買っていくって書いてあったの、憶えてますよ。確か、たっぷりきのことほうれん草の焼うどんだったんですよね。豚バラ肉たっぷり入れてたの、画像で見ましたから。
それを伝えたら、先輩はがっくりと項垂れてしまいました。
「そうだった。冷蔵庫の中なんもないじゃん」
「本当に忘れてたんですか。じゃあ、これから買いに行くんですか」
「そんな元気はない。しょうがない、今日はありがたく頂いたこのパンを食べよう。これ凄く美味しいし」
その割には、何だか物足りなそうにしていますけどね。
――まったく、しょうがないなあ。
「先輩」
「なんだ、後輩ちゃん」
「そのパンだけじゃ足りないなら、私の部屋で晩御飯食べます?」
「え!?」
「え?」
なんですかその反応。そんな、『コウモリが留まった野球バット』なんて駄洒落を聞かされた九官鳥みたいな顔をしなくてもいいじゃないですか。
別に、おかしなことは言ってませんけれど。先輩が私の部屋に来ることなんてそんな珍しくもないですし、私だって先輩の部屋に遊びに行った事ありますし。
第一、先輩が食欲旺盛なのが悪いんじゃないですか。いや悪くは無いんですけど、そんな悲しそうな顔されたら何かしてあげたくなっちゃうじゃないですか。
「いや、それはありがたいけどさ。なんか色々、大丈夫か?」
「へ? 何がですか?」
「いや、気付いてないならいいけど。早坂はもう少し自分の身の安全を顧みた方が良いかなー」
むかっ。なんだとこの野郎。
人が親切にしているというのに、誰が誰の身の安全を顧みるだと?
先輩にその気が無いのはハナっから分かっているんですよ。それでも、好きな人に何かしてあげたいってのは、当然の心境だと思うんですけど?
私の好意に気付いている癖に、自分に自信が無いからって見て見ぬ振りしやがって、こんちきしょうめ。
この、ばか、あほ、あんぽんたん、おたんこなす、へりくつだいまじん、すかたんぽん。
私が渾身の怒りを込めて先輩を睨みつけると、慌てて襟を正します。
「わかった、俺が悪かった。だから、ぜひ美来さんの料理を食べさせてください」
「分かればいいんです、わかれば」
全く、謝るぐらいなら余計な発言をしなければいいのに。
……それにしても、美来さん、かー。高校の時はしょっちゅう呼ばれてましたけど、あれから一切呼ばれなくなってしまって寂しかったんですよね。
久しぶりに言われたなぁ。えへへ。さて、先輩のご飯は何が良いでしょうか。疲れてるから、疲労回復を促すもので栄養があるもの、体に優しいものがいいですね。
確か冷蔵庫の中には、きゅうり、茄子、豚ロース肉、ピーマン、豆腐、葱、卵は確実にありましたね。生姜ってあったでしょうか。きっとパンも食べるでしょうし、多分足りるでしょう。
# # #
「ただいま帰りました」
「お邪魔します」
お互い律儀に帰宅の挨拶をしてから部屋に入ります。まずは電気をつけて、と。
部屋は、まあ普通の1LDKですよ。玄関を開けて廊下を進むとキッチンがあって、すぐにリビング。廊下の左側にはトイレとお風呂が一緒についています。
友人たちはシャワーで済ませる人が多いんですけど、私は湯船に浸からないと疲れが取れないんですよね。お母さんもそうでしたし、弟もそうですし。
「先輩は適当に座っててください。なんなら、先にパン食べててもいいですよ?」
「いや、そこは一緒に食べるべきじゃないか?」
「私はそうしたいですけど。でも先輩、ご飯できるまで我慢できます?」
「う、そう言われると自信が無いな」
「なので、私の事は気にせず食べててください。ご飯できたら、一緒に食べましょうね」
「じゃあ、遠慮なく」
そう言うと、先輩は素直に自分の袋からパンを出して食べ始めました。わ、早い。縦に長いベーコンエピがどんどん口の中に吸い込まれていきます。本当にお腹が空いてるんですね。
これは、私も早く作ってしまわないと。
今から作るのは、しょうが焼きとお味噌汁です。冷蔵庫の野菜室から一個丸ごと残っていた生姜を擦り、ボウルに砂糖・酒・みりんと一緒に入れます。筋を切った豚ロース肉をいれてよく揉む。鍋に水とだしを入れ、沸騰したら火を止めて賽の目切りにした豆腐を投入。もう一度沸騰したら火を止めて味噌を溶いて刻んだ葱を入れて、お味噌汁の完成です。
あ、そろそろいい感じですね。フライパンに油を敷いて、先ほど漬けた豚肉を流し込みます。
焼いてる間に、サラダでも作っちゃいましょう。と言っても、きゅうりとトマトだけの手抜きですけどね。
「先輩、これ持って行ってくれますか?」
「ん、分かった」
3つ目のパンを食べ終わった先輩に声を掛けると、すぐに立ち上がって料理の乗った皿をリビングに運んでくれます。わあ、こういう所、なんだかいいなあ。なんだか一緒に住んでいるみたいで。って、なに考えてるんですかね、私。
頭に浮かんだ恥ずかしい妄想を打ち消し、ご飯とお味噌汁をよそって先輩に渡します。先輩のご飯は少し多めで、お味噌汁は2人分。
お気に入りのクッションに腰を下ろしたら、どちらともなく手を合わせます。
「いただきます。」
「頂きます。――ん、この味噌汁美味しいな」
お味噌汁に口を付けた先輩が、ホッとした顔で呟きます。えへへへ、やった。
先輩の口に合うように作りましたからね、こうして褒めてもらえると作った甲斐があります。
先輩は次に生姜焼きに手を伸ばします。
「うまい。これも美味いな」
「ふう、よかったです」
「なんだ、自身が無かったのか?」
「そういう訳じゃないですけど。でも、人にお出しするものなので、不安にはなりますよ」
「いや。マジで美味いから。やっぱり早坂には適わないな」
そんなこと無いと思うんですけどね。以前、先輩のお家で食べさせてもらった朝ごはんも美味しかったですし。
先輩はサラダにも手を伸ばして、もりもり食べています。なんでしょうね、好きな人が食べているのをみると、それだけでお腹いっぱいになっちゃうっていうか。
でも、食べないと先輩が心配しそうなので。
口にしたクリームパンは、予想より遥かに甘くて。でもこんなに甘いのは、きっと先輩とこうして一緒に晩御飯を食べているからなのかもしれません。
先輩が食べるたびに、私の心の中がどんどん暖かくなります。幸福な時間がいつまでも続けばいいのにと、そんな風に思える楽しい夕食でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます