第23話 後輩ちゃんは、友人を作るのが早い

 「あ、せんぱーい」


 西暦2134年、7月2日。午後0時11分。

 2限の授業を終えた俺が学食に行くと、早坂と2人の女子がオープンスペースの4人席で昼食を取っていた。仲良く談笑している所を見るに、一緒に座っている子たちは友達だろう。美少女3人組が笑っている姿はとても絵になるもので、視線を向けている男子大学生もちらほらと見受けられる。

 邪魔するのも悪いので、そのまま学食に入ろうとしたら早坂の方から声を掛けてきた。

 俺のせっかくの気遣いを無駄にするんじゃあないよ。とはいえ、無視するわけにもいかないので、早坂のいる席に行く。既に他の2人は昼食を食べ終わっているようで、テーブルの上にノートや教科書を広げている。

 ふむ。早坂が食べているのは、青椒肉絲定食か。これなら汁も飛び散らないし、紙を汚す心配も無い。ご飯を雑穀米に変えているのは、早坂も女性だし色々とあるんだろう。決して、体重が増えたからとかいう理由ではないはずだ。


 (そういえば、もう試験準備期間か)


 国立三葉大学は、7月の20日以降から中間試験が始まる。なので、7月に入ると全ての部活動とサークルは活動を一旦止めて、試験勉強に宛てる。真面目に授業を受けて、予習・復習を欠かさなければ大概の試験は突破できると言われているが、学生の中には学業を放棄して遊びにかまけている馬鹿な連中もいる。

 試験に落第しても自業自得としか言いようがないので、眼中にすら入れていないが、少なくとも自分の後輩が試験に落ちて単位を逃す、というのは出来れば見たくないというのが心境だ。


 「先輩、今からお昼ですか?」

 「そんなところだ。友達と食べてるんだろ?」

 「えへへ、そうなんですよ。今日は一緒に食べようねって約束してたので」


 そう話す早坂の顔は嬉しそうに綻んでいる。大学生活を楽しんでいるのならば何も言うことは無いが、ただ、友達と一緒に食べてるところに得体のしれない男が1人立っているっていうのはどうなんだろう?

 そう思っていると、早坂の右隣に座っている茶髪をショートにした女性が話しかけてきた。


 「あのー、すみません。もしかして、楠木努さんですか?」

 「え? はい。僕は楠木ですけど」

 「やっぱり! 前に美来ちゃんが話してたんですよ。高校から一緒で、仲がいい先輩がいるって」

 「ちょ、ちょっと朱里あかりちゃん?」


 あかりちゃんと呼ばれた女性は手を合わせて合点がいったように頷く。早坂は恥ずかしそうにしているが、一体何を話したんだろう?

 後輩ちゃんの事だから、有ること無い事吹き込んだりとかはしないはずだけど、恥ずかしがる意味が分からない。


 「早坂、何を話した?」

 「イエ、ベツニ、ナニモ」

 「いきなり片言になるんじゃないよ。しかもなんだその顔は。『オットセイを海に落っとせい』って駄洒落を聞かされた、アザラシみたいな顔してるけど」

 「だっ、だれがそんな面白い顔をしますか。ぶっとばしますよ!?」


 言うや否や飛んでくる力が一切込められていない右ストレートを受け止め、早坂のおでこに軽くデコピンをかます。と言っても、当てずにフリだけ。そもそも当てるつもりなんかさらさら無いが、これをやらないと後輩は更に調子づくので、ポーズだけでも必要なんだ。

 けれども、俺たちのやり取りを見ていた2人からは黄色い悲鳴が上がった。


 「えっと、なんですか?」

 「いえ。美来ちゃんの言った通り、優しいなーって」

 「さっきのだって、絶対に当てないんですよね。美来ちゃん、本当に大事にされているんだね」


 大事にしてるつもりは無い。そう言おうとしたのだが、何故か言葉が出てこなかった。脳内にあの卒業式の光景がフラッシュバックしたから。それを口にすれば、早坂は再び傷つくことは簡単に予想できた。

 だからこそ、その言葉だけは避けるべきだと、

 というか、そんな事を話していたのか。思わず美来を見下ろすと、真っ赤になって俯いている。

 確かに、大学と再会してから俺たちは、ちょっとした言い合いをすることもあるが、昔ほど大きな喧嘩はしていない。


 (お互いの性格もあるんだろうけど、俺が無意識にセーブしてるんだな)


 友達2人に揶揄われる早坂を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。


 「ところで、先輩」

 「なんだ、後輩ちゃん」

 「お昼ご飯、まだですよね。一緒に食べませんか?」


 そう言えば、食べてなかったな。3人の会話について行くのがやっとで、失念してた。プトレマイオスを確認すると、今の時刻は22分。3限の授業は無いから、そんなに急ぐことはないんだけれど。


 「俺は良いけど、せっかく友達と食べてたんだろ?」

 「いえいえ、私達の事は全然気にしないで良いですから」

 「むしろ、傍で見させてください」

 「朱里ちゃんと文緒ちゃんもこう言ってますし、一緒に食べましょう」


 あれ、なんか2人が必死だな。ともあれ、こうして引き留められてしまってはしょうがない。建物の中に入って頼んだ昼食を受け取ると、後輩ちゃんたちのもとに戻る。


 「おかえりなさい。先輩、何を頼んだんですか?」

 「ただいま。鯖の味噌煮定食。定番だけど、外れがないし美味しいからな」

 「あー。先輩、食事に関しては勝負しないですもんね」

 「そういう後輩ちゃんは、結構勝負好きだよな。明らかにおかしいメニューだって頼むし」

 「だって、どんな味か確かめてみたいじゃないですか」

 「そう言って失敗した例、俺は結構見て来てるんだけどな」


 俺の右に座る後輩ちゃんは、食事に関してはチャレンジャーというか、博打うちになる傾向がある。大学に入学して早々、鮭と小松菜のサワークリームパスタなんてものを注文して俺に泣きついてきたことがあった。

 鮭とサワークリームチーズの味が全く合わないんだ、信じられるか?

 22世紀にもなってこんなに不味い料理が誕生してしまったのかと思うほどに不味かった。

 その後、結局どうしたかというと、俺が頼んでいたジャンボメンチカツ定食を半分あげて、そのあんまり美味しくないパスタを半分貰って食べた。


 (高校の学食でも何回かやらかしてるからなぁ。料理の腕は良いのに、なんで地雷原の上でタップダンスしてしまうのか)


 「あー……。美来、そう言う所あるよね」

 「うん。いつもはそんな事ないのに、時々無鉄砲になる時があるというか」

 「べべ別に私だって、ちょっとは考えてるもん!」


 遠い目をする友人2人に対して必死の抗議をする早坂。何があったかは存じないが、きっと2人が苦労したことは想像に難くない。同じ苦難を味わった身としては、同情せざるを得ない。

 あ、鯖の味噌煮うめえ。


 「あの、聞いても良いですか?」

 「?」


 後輩ちゃんの話に耳を傾けていると、先ほど文緒ちゃんと呼ばれた三つ編みの子が困り顔で話しかけてきた。

 なんだろう、早坂の話かな?


 「ええっと、俺に分かる範囲で良ければ」

 「あの、20日からテストが始まるじゃないですか。大学の試験って、どんな感じなんですか?」

 「あ、それ私も聞きたい」


 ああ、その話か。と言っても、俺は法学部で彼女たちは文学部。あまり参考にはならなそうだけど、彼女たちの単位取得の為にも話しておこうか。


 「そうだね。まず、記述式とマークシート式が多いかな。中にはレポートを書いて、それが試験の代わりになるっていう教授もいるし、まあぶっちゃけて行ってしまえば試験の出し方は教授によって違う。心理学や倫理学なんかはマークシート式だったかな」

 「先輩、教授によって違うって、対策立てられるんですか?」

 「対策と呼べるようなものじゃないけどね。早坂達は、講義にはちゃんと出てる?」


 尋ねると、早坂達は素直に頷く。


 「例えば、法学部だったら講義の中で、試験に出題される問題の判例とか法律なんかを予め教えてくれるんだ。高校や中学の先生みたく露骨じゃないけれど、講義にさえきちんと出て予習・復習を普段からしていれば、ある程度出題される内容がどういうものか、予想できるようになってるんだよ」

 「文学部でも同じなんですか?」

 「どの教授だって、知識を頭に入れてほしいからこそ教壇に立っている訳だしね。学生をふるいにかけるような、姑息な人は居ない。大事な所は、学習意識のある学生になら理解できるよう分かりやすく説明している筈だよ」


 俺の話に納得してくれたのかは分からないが、3人とも真剣な顔で頷く。もう少しだけ、レクチャーしてみようか。俺はこっそりプトレマイオスを起動させ、サークルにいるある人のメールアドレスをポップさせる。


 「俺が入ってるサークルに、文学部の人が居るんだ。可能なら、その人にアポ取ってみるけど、どうする?」

 「いいんですか?」

 「ぜひ、お願いします!」

 「……あれ? 文学部にいるって、あの人ですか?」


 期待の目を向ける2人に対し、首を傾げる早坂。勘のいい奴め、即で気付きやがったな。俺は早坂がとやかく言い始める前に、プトレマイオスからメールを送った。

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