第19話 後輩ちゃんも、サークルに馴染んできた

 西暦2134年、6月21日。16時33分。

 この日、俺と後輩ちゃんは我らが天文サークルの部室へ向かっていた。早坂はバイトをするにあたって俺と同じシフトを組むことになり、よってサークルの参加日時も俺と一緒になった。

 一応サークル長には事情を説明したのだけれど、あの人の事だ。絶対によからぬ勘違いをしているに違いない。絶対にだ。

 そして今日、後輩ちゃんの隣には、1人の女子生徒。

 この人は、早坂と同じ学年で教育学部の一優香にのまえゆうかさん。

 俺が直接勧誘した後輩の1人で、先に入会していた早坂とは同じ学年という事もあってすぐに仲良くなった。

 あまり星には詳しくなかったそうなのだけれど、ここ最近は昼休みを利用して図書室で宇宙に関わる本を読み漁った結果、俺たちの会話にもついて行けるぐらいにはなった。


 「ねえ、美来ちゃん。火星のテラフォーミング化は不可能だって昔から言われてきたけど、今はどうなんだろうね?」

 「ううん、やっぱり今すぐには無理かな。火星の地下から大量の氷を採掘したってニュースがあったけど、大気が薄いから水にしても蒸発しちゃうだろうし」

 「火星の気温は低いし、植物が生きていける環境じゃないよねー」


 今彼女たちが話しているのは、第2の地球になる可能性のある惑星だ。

 数光年先に知的生命体が存在しうる可能性のある惑星が複数発見されているのは、2134年現在において誰もが知っている。しかし、未来の地球人が移住できるかと言われると、可能性は限りなく低い。

 地球との距離や時間に加えて、宇宙船の容量、環境の違い。その他にも様々な厳しい条件が立ち塞がる。よしんばそれらの条件をクリアして移住できたとして、そこから人類種を増やせるかどうかというのは、また別問題だ。


 「せんぱい。先輩は、どう思います? 火星のテラフォーミング」

 「人工太陽の製造と大気圧の上昇がネックだろうな。そもそも、火星の極冠に存在する氷を全部溶かしきる程の人口太陽を製造できるかどうかなんだが」

 「やっぱり、難しいんですかね」

 「大丈夫。きっと、未来では実現できると思うから」


 落ち込む一さんに、早坂が優しく声を掛ける。まあ、最近の研究では火星の環境に適した藻類の開発に成功したとかいうニュースも上がってることだし、可能性が無い訳ではない。

 しかし、俺はテラフォーミングというのにどうも否定的にならざるを得ない。地球に寿命が来るからって、じゃあ他の星に移り住んで生き延びましょうって、正直どうなんだと思う。種の存続と言えば聞こえが良いが、やっている事は惑星を自分たちに適した環境に造り替えているということ。それは、あまりにも自分勝手だと思うし、そこまで生き永らえたいとも思わない。

 終わりというのは必ず訪れるものだ。それを受け入れるのも、賢明な手段なのではと思ってしまう。

 もっとも、これを口にすれば早坂から「先輩って、本当に捻くれてますよね」なんて言われるに違いないから、絶対に言わないのだけれど。


 その後も天文談議に花を咲かせていると、学校から宛がわれている部室に着いた。中から人の声がするから、誰かしらは居るんだろう。


 「お疲れ様でーす」

 「お疲れ様です」

 「お疲れ様です。サークル長さん、いらっしゃいますか?」


 ガチャリとドアを開けて、三者三葉の挨拶を言う。部室の中では、小野崎さんが山田さんと駄弁ってた。話題は、多分最近見たアニメのカップリングとかだろう。小野崎さんの目が爛々と光り輝いているし。

 お互いアニメ好きだから、話が盛り上がるんだよな。この間なんて、100年前のアニメの話題を話してたし。確か、GAノベルから刊行された小説で、銀髪美少女の魔女が色んな土地を訪れて、出会いと別れをくり返す話だったかな。


 「ふふ、それでね?――あ、美来ちゃんに努君、それに優香ちゃんも。やっほー」

 「お疲れ様。今日も皆元気だね」


 俺たちの入室に気付いた2人が、話を中断してこちらを向く。相変わらずほんわかしたした喋り方の小野崎さんと、ベクトルの違う落ち着いた声色で話す山田さん。

 本人たちには自覚無しなんだろうけど、正直言って人を惹きつける天性の才能を持っていると思うし、尊敬もしている。俺の先輩がこの2人で本当に良かった。

 逆に、怒らせるととんでもなく怖いけど。

 と、その前に。


 「山田さん、これ。頼まれていた資料です」

 「わあ、ありがとう。やっぱり努君は仕事が早いね、就職したら重宝されるよ」

 「止してくださいよ、これぐらいは普通ですって」

 「先輩、何を渡したんですか?」

 「私も気になるよー。ひーちゃん教えてー」


 山田さんの嘘偽りない推賞に恥ずかしくなった俺は、A4用紙の束を渡す。早坂と小野崎さんはそれがなんなのか気になるようで、いつものじゃれ合いを止めて覗き込んで来た。一も興味があるのか、早坂の後ろから覗き込んでいる。

 今山田さんに手渡したのは、今日のサークル活動に使う資料。6月に東京で観測できる星の名称とそれぞれの等級、位置や天体の名称などが書かれた本をコピーしたもの。今日の朝に山田さんから直接頼まれ、昼飯を食べ終わった後に本キャンの総合図書室で本を探した。

 いやー、大変だった。絶対に見つかりそうもない場所にあるもんだから、探すのに手間取ってしまった。偶然その場に居た同じ天文サークルで先輩の木村蓮司さんに一緒に探してもらってようやく見つかったほどだ。

 どうやら木村さんも、そして山田さんも先代の部長さんに命じられたことがあるらしく、サークル内に伝わる試練の1つらしい。

 そんな理不尽な試練があってたまるか、ちくしょうめ。


 「へー。じゃあ、今日はどこで観測するんですか?」

 「どこにしようかな。はーちゃん、どこか良い所無い?」

 「んー、東京の山はあらかた登っちゃったしね。県外にでも足を伸ばしてみようか?」

 「え、俺たち山岳部だったんですか?」


 不敵な笑みを浮かべる小野崎さんに思わず突っ込む。山田さんも「山を登るのはねー」と諭し、早坂と一さんも真顔で首を横に振っているから小野崎さんの案は却下となった。相当つらかったもんな、日光の男体山登山。

 ……また今日も浅間山になりそうだ。

 確信めいた予感に苦笑いしながら、暴走し始める我らがサークル長を止める早坂達に加わった。

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