第18話 先輩は、時々信じられないくらい頼りになります
西暦2134年、6月17日。13時6分。
本来ならば授業に出ていなければならない時間。そんな時間に、私は本キャンパスのバス亭前でがっくりと肩を落としていました。
理由は、左腕にあります。本来ならば、左腕に装着している携帯端末・プトレマイオスver3.1.5。
朝確かに左腕に付けていたんですけど、大学に着いて自動ドアを開けようとしたら、無くなってたんです。全く気付きませんでした。外れる音もしませんでしたし、本体が軽いので、外れる感覚も一切ありませんでしたし。
「ねえ、大丈夫?」
「え? ああ、うん。気分は最悪だけどねー」
隣に座る女の子が眉尻を下げて私の顔を覗き込みます。この人は、
大人っぽくて、3人姉弟の長女とだけあってしっかりしてます。今日も、自分が受ける講義を欠席してまで私に付き添ってくれています。
「うう、ごめんね弥生ちゃん」
「こーら。もうそれは無しって、さっき注意したばかりでしょ。私は大丈夫。友達が困ってるなら見過ごせないしね」
弥生ちゃん、良い子っ! こんな出来た友達を連れ回して、私は一体何をやっているんでしょう。
早く見つけないといけないのに、手掛かりが全くありません。近くのショップに行って、全機能のアクセス制限をかけてもらいましたけど、やっぱり不安は残ります。
どこに行っちゃったんでしょう。はあ、憂鬱です。
「落ち込んでばかりでもしょうがないし、もう一回、学校から駅まで探してみようよ」
「そうしましょう」
弥生ちゃんの言う通りです。ここで落ち込んでいても事態は好転しませんし、ならばこそ見つけられるように行動あるのみ。頬をぱんと叩いて気合を入れて、立ち上がります。と、正門から先輩が歩いて来たのが見えました。
「よう、早坂」
「先輩! こんにちは」
「うん、まあ落ち込んでるよな。まあ、気持ちは分かるけれども。ええと、隣にいるのは榊原さんかな?」
うぐ。先輩にはバレてしまいました。付き合い長いですから、そりゃバレますよね。先輩は、私の隣に立つ弥生ちゃんに声を掛けます。
「はっ、はい。初めまして、美来ちゃんの友達の榊原弥生です」
「法学部2年の楠木努です。うちの後輩がご迷惑をおかけしてるみたいで、すみません」
「いえいえ。こちらこそ、美来ちゃんにはいつも助けられっぱなしで」
あなた方は私の親か何かですか。私は確かに先輩の後輩ですけど、迷惑かけたことなんて1、2回ぐらいしかないもん。……4回、いや6回ぐらいだったかな。
そして、弥生ちゃんもなんで乗っかっちゃうんですか。確かに、2人並ぶと私の方が子供っぽいって言われますけど。言われますけどっ!
腹いせにべしべしと先輩の腕を叩くも、まったく効果はありません。
「むー。先輩、それよりも助けて下さい」
「おっと、そうだった。けど、その前にこれ」
「?」
先輩は、バッグからコンビニの袋を取り出すと、私に手渡します。なんでしょう、これ。中身は、コロッケパンとミルクティーが2つずつ。
はて?
「先輩、これは?」
「さっきの様子だと、昼飯は食えてないんだろ? 差し入れだよ」
これは有難いです。私達、朝から動き回って何も食べてなかったので。弥生ちゃんと2人でお礼を言って、遅めのお昼ご飯です。
濃いソースの味と、じゃが芋の自然な甘み。乾いた喉をミルクティーで潤せば、さっきまで沈んでいた気分が嘘だったように活力が湧いてきました。
ご飯を食べるって大事ですね。
「取り敢えず、歩きながら広域量子通信で探してみたけど、ここら一帯には早坂のトレミーからの反応が無かった。学校周辺じゃなくて、駅の方にあるんじゃないか?」
「え゛」
「ええっ、嘘でしょ!?」
さも当たり前のように言う先輩に、私は絶句します。弥生ちゃんは信じられないものを見る眼で先輩を見てますし。
本キャンパスから南キャンパスまで、道路を挟んでおよそ120メートル。今の時間は学生の往来も多いですから、広域量子通信回線を使用したまま来たとなると、それだけ多くの端末を探知したことになります。
量子通信における情報漏洩は無いと言っても、セキュリティとか大丈夫なんでしょうか。
「なんだ、『蜘蛛が雲の上に乗っかった』って駄洒落を聞かされた蟻みたいな顔で」
「だれがそんなふしだらな顔をしますか」
「いや、そんな恥ずかしい表情しませんよ」
まったく、女子大生がそんな顔するわけないでしょう。じゃなくて。
でも、先輩の情報が本当なら、ここら辺には無いのでしょう。私達は諦めて、駅に続く道を歩きます。
「そういえば、先輩」
「なんだ、後輩ちゃん」
「授業、大丈夫だったんですか? この時間ってたしか――」
「ああ、それなら大丈夫。端末かざしてきたし、友達がノート取ってくれてるから」
それなら、良いんですけど。いや、駄目ですね。先輩まで巻き込んじゃうなんて。もう謝るのは無しと弥生ちゃんに言われているとはいえ、ううむ。
一刻も早く見つけて、お礼を言いましょう。
その後も、先輩が探知を続け、私と弥生ちゃんがあちこちで落とし物が無いか尋ねること25分。あんなに用心深く探したのに、結局見つからないまま駅まで来てしまいました。
「駅員さんには聞いたんだよな?」
「はい。でも、落とし物は無いって言われました」
そう言うと、先輩は顎に手を当てて悩み始めました。うう、もう諦めるしかないんでしょうか。
と。目を瞑っていた先輩が、唐突にこんなことを言いました。
「プトレマイオスのマスター権限は、誰にある?」
マスター権限というのは、悪質なサイトから情報が洩れるのを防いだり、するために設定する権限の事です。18歳以上ならば、購入者をマスターに登録して、全ての権限を持つようにしているんですが、私はというと……。
「お父さん、ですね」
「あ、そうだったんだ。私はてっきり、美来ちゃんだと思ってたよ」
私はアルバイトもしていなかったし、一家全員で同時に購入したので、取り敢えずお父さんをマスターにしたんですよね。ただし、お給料が入ったら私のプトレマイオスのマスター権限を譲渡してくれるって言ってました。
でも、それがどうしたんでしょう。
「先輩?」
「マスター権限の保有者は、子機、つまり早坂のトレミーが不可避の緊急事態に陥った場合、子機の行方を追跡することが出来るんだよ」
「ってことは、美来ちゃんのお父様に連絡すれば!」
「早坂のトレミーの行方を追うことが出来る」
なんですと!
ならば、早速お父さんに連絡しましょう。先輩のトレミーを借りて、お父さんの電話番号を入力し、電話をかけます。幸い、お父さんは仕事中だったのにも関わらず、私のお願いを快く聞いてくれました。
私のトレミーは、朝乗った電車の椅子と椅子の間に挟まっていたそうです。そりゃ誰も気付かない訳ですよ。
でも、こうして見つかった訳ですし、一見楽着。
「見つかってよかったね、美来ちゃん!」
「本当にな。大事に至らなくて良かったよ」
ええ、まったく。最後まであきらめずに探してくれた2人に、感謝をしなければなりません。お2人が傍にいてくれたおかげで、こうして無事に手元に戻ってきてくれたのですから。
私は達成感が漂う表情の2人に、感情がが抑えられなくなった思いっきり抱きつきます。
「わっ! み、美来ちゃん?」
「うおっ!? おい、早坂?」
私のいきなりすぎるハグに驚く弥生ちゃんに、顔を思いっきり赤くして狼狽えるせんぱい。
そんな2人に、私は今できる最大級の笑顔でお礼を言いました。
「弥生ちゃん、先輩。本当に、ありがとうございます!」
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