第27話 後輩ちゃんは、拗ねる姿も可愛い

 「あ、先輩。これ見て下さいよ」

 「ん?」 


 頼んだ品が来るまでの間、手持ち無沙汰になった俺がコペルニクスを使って暇を潰していると、同様にコペルニクスを弄っていた早坂が一本の動画を送って来た。

 開いてみると、誰かが動画投稿サイトにアップロードした映像らしい。再生回数が6千万回を超えている辺り、よっぽど貴重なものか、それとも珍しいやつか。


 「ナニコレ?」

 「珍百景です。じゃなくて、『やましろ』が送ってきたアイオーン62cの地表映像ですよ」

 「なぬっ!」


 アイオーン62c。

 それは、今から遡る事80年前。西暦2054年に発見された、地球型惑星の名だ。正式名称は『夢幻の楽園アトランティス』と言って、イギリスの宇宙望遠鏡・XIONによって大気と水素分子の存在が明らかになったことで観測が開始された。

 この頃にはまだ惑星間航行用の外宇宙探査船が開発されていなかったから、宇宙望遠鏡とシミュレーションによる観測しか出来なかったけれど、2121年にワープ航法の理論が完成されてからはこの星を最優先調査対象にして探査船の開発が進められてきた。

 2132年にワープ航法を世界で初めて使用できる惑星間航行用の外宇宙探査船1番艦『やましろ』が飛び立ってから、早2年。

 ようやく、辿り着けたんだな。


 「これ、いつ公開されたんだ?」

 「今日の12時ちょうどらしいですね。私達が図書室からでた辺りでしょうか」

 「ああ、だったら気付かないはずだ。……しかし凄いな、こんなに水が大量にあるなんて」

 「はい。学者たちの予想では、金星のような星だと思われていましたよね」


 そう。『夢幻の楽園アトランティス』はハビタブルゾーンに存在するとはいえ、その公転軌道は主星であるアイオーンの周りを周回する惑星の中では4番目と少し遠い。

 アイオーンからの放射線やX線に対し、それを妨げるほどの反射雲が形成されていればという考察がされていた気がする。


 「大気の成分はどんな感じでしょう?」

 「見た所、大地が緑色に覆われているから植物は自生しているんじゃないか。光合成によって酸素も作られるはずだから、地球と似通っているのかもしれない」

 「でも、酸素濃度が高いって場合もありますよね」

 「そうだな。この映像では大気圏外から地表を撮影しているだけだから、植物の大きさが分からないな。生物もこの映像では確認できないし、次に送られてくる映像を待つしかないだろう」

 「ですね」


 俺は映像を閉じると、ほぅと息を吐いた。早坂が送って来たのは僅か数分の映像だったが、想像を掻き立てるには十分過ぎるほどだ。

 アトランティスにあれだけの水が確認できたなら、次は地表に降り立っての実地調査かもしれない。重力や大気の比重、土や細菌のサンプリングも当然行われるだろう。

 発展していく未来に心躍らせていると、紺色のエプロンを付けた女性店員がカウンターの上に注文した品を置いていく。


 「はい、お待ちどおさま。ラーメンの普通盛りに、チャーシュー麺の大盛り。唐揚げと半チャーハンは後から出すよ」

 「ありがとうございます」


 目の前にどんと置かれたラーメンから香る匂いが、興奮で薄れかけていた食欲を呼び覚ます。


 「ほら、早坂」

 「わ、ありがとうございます」


 後輩ちゃんに箸を渡し、頂きますと小さく呟いてから黄金色に光るスープを飲む。あっさりした醤油味が喉を通り、胃から全身に染み渡る。ここらでは珍しい手打ちだという麺を啜ると、もちもちした食感の麺にがっつりスープが絡んでこれまた美味い。

 チャーシューは2種類乗っていて、脂身が蕩ける豚の角煮風と薄くスライスされて大ぶりの豚肉。味と食感がそれぞれ違うから飽きさせない作りになっていて、ここでも店主の細やかさを感じる。


 「これ、美味しいですね!」


 隣の後輩ちゃんも、美味しそうに麺を啜っている。後輩ちゃんが食べているのは普通のラーメンで、刻みネギの他に大きなチャーシューにメンマ、メンマにほうれん草に煮卵と結構具材が乗っている。

 この店の1番人気がラーメンだというのだから、そりゃ美味しいだろうね。俺も以前食べた時、あまりの美味しさに腰を抜かしかけたんだから。


 「はい、お待ちどおさま。唐揚げ単品に半チャーハンだよ」

 「ありがとうございます」

 「いっぱい食べなさいね、せっかくの食べ盛りなんだから」

 「あはは。そうします」


 女性店員が笑顔でカウンターに置いた皿の上には、もも肉を使ったという大きな唐揚げが4つ。そして、具材に角切り肉と葱、卵のみを加えてパラパラに仕上げた半チャーハン。

 後輩ちゃんをチラリと見ると、流石に気になってはいるのかチラチラと視線を向けていた。


 「早坂、遠慮しないで食べていいぞ」

 「うえっ!? いや私別に、気になんてなってないですから」

 「嘘つけ。視線がバリバリこっち向いてた」

 「……うう、バレていましたか。だって、ラーメンは美味しすぎてすぐお腹に入っちゃうし、食べ終わったら隣から良い匂いがしてるし。そりゃ、気になって当然じゃないですか」

 「だから、遠慮しないで食べろって。マジで美味しいから。これは食べないと損なレベルだから」

 「いやでもこんなに食べたら絶対に太っちゃいますよっ」


 嘘をつけ。後輩ちゃんは確かに食べる方だが、女性の中では細い方だ。確かに身長こそ僅かに伸びているものの、体形は昔からそう変わっていないように思える。

 それを指摘すると、早坂は黙って首を横に振った。彼女いわく、太らないように日々色々努力をしているらしい。女の子は日々、体重計との戦いなのだとか。しみじみと語る早坂とに、それを聞いていた周囲の女性客たちがうんうんと大きく頷く。

 ……聞いていたんですか貴女方。

 しかし体重、体重なぁ。個人的な意見としては、美味しいものを食べたいときに食べるのが一番じゃないかと思うんだけれども。目の前で湯気を立てる炒飯を見ながらそう考えていると、後輩ちゃんが恨めし気に俺の体を見る。

 やだ、えっち。


 「というか、先輩だって細いじゃないですか。私よりもっと食べるのに」

 「食べた所で太らんからな。体重も大学入った時から変わってないし」


 そう言った瞬間、後輩ちゃんの顔が凍り付いた。


 「……先輩、今の体重何キロでしたっけ」

 「62.8キロだな」

 「身長は?」

 「174.5」

 「むーっ! 先輩のばか、あほ、のっぽ、平均的ぃ!」


 後輩ちゃんは思いっきりむくれてぽかぽかと左肩を殴って来る。痛くは無いけれども、周りの視線が気になるから止めなさい。

 食事中ですよ、まったく。


 「むー。先輩なんて、食べ過ぎて将来メタボになっちゃえばいいんです」

 「ならんし、そこら辺はきちんと自己管理するよ。で、後輩ちゃんはどうするんだ?」

 「ふぇ?」


 後輩ちゃんはさっきまでの会話を完全に忘れているようだった。それにしても、今の後輩ちゃん可愛かったな。首をこてんと傾けて本当に不思議そうな顔するんだもんな。

 他の女性がやったら絶対にムカつくけれど、早坂だけは許せる。


 「唐揚げと炒飯だよ。食べるのか、食べないのか?」

 「う、完全に忘れてました。先輩が全部食べるという選択肢は?」

 「それでもいいけど、本当に良いのかなー? 唐揚げは肉汁たっぷりだし、醤油味の後に来る生姜とニンニクの風味がこれまた食欲を増幅させるんだよな」

 「なん、だとっ」

 「炒飯も、パラパラのご飯にふわふわの卵の対比が良いんだよなー。自家製のチャーシューもごろごろ入ってるし、葱もシャキシャキで楽しいし、何より絶品だからな、冷める前に食べた方が良いと思うんだけどなー」

 「……~っ!」


 結局、誘惑に負けた後輩ちゃんは俺が頼んだ唐揚げと半炒飯を俺と半分こして食べた。

 美味しかったー!

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