第13話 後輩ちゃんが支払った代償は、そこはかとなく重い

 「先輩、質問してもいいですか」

 「ん?」


 西暦2134年、5月25日。17時32分。

 コペルニクスで店の場所を確認しながら道を歩いていると、唐突に早坂が話しかけてきた。


 「なに?」

 「あのですね。先輩って、大学に入ってから何人友達が出来たんですか?」

 「え、なにその質問?」

 「いや別に興味なんかないですよ。先輩どれだけ友人が増えようと知ったこっちゃないですけど、私にとっては非常に大事な事と言いますかなんというか気になっちゃうことでして。高校時代、万年ぼっち選手権殿堂入りの先輩のその後が気になるというかコレは単なる知的心でして」

 「長い、三行」

 「友達増えました?」


 ……このやろう、3行じゃないじゃん。1行で纏めやがって、こんちくしょうめ。しかもなんだ、万年ぼっち選手権殿堂入りって。初めて聞いた。

 しかし、友達か。友達ねぇ。

 クラスにいる友人も授業が一緒になれば話すし、誘われれば一緒に遊びに行くこともある。サークルの人達とも飲みに行ったり遊んだりするし。

 あれ、俺って友達多いんじゃないか?


 「プトレマイオスに登録してあるのは、100人以上とかだな。だけど、その内会って話すのは30人ぐらいで、遊びに行ったりするのは15人とか、か?」

 「ふーん。へー、そうですか」

 「なんで不機嫌の度合いが増してるんですかね」

 「別にー。先輩は気にしなくてもいいですよーだ」


 指折り数えながら伝えると、途端に後輩ちゃんが不機嫌になる。

 え、なにこれ?

 そんな反応されたら、逆に気にするわ。

 頬をフグみたいに膨らませおってからに。機嫌が悪いと頬を膨らませる仕草は昔から変わっていなくて、今ちょっと懐かしい気分になったけれども。

 追求しようとしたけれど、早坂はなんだか触れてほしくなさそうにしていたので、仕方なく後輩ちゃんの前を歩く。

 駅前の書店が並ぶ大通りから一本外れた道に入って、右折、左折、また右折。人通りが極端に少なくなって、後輩ちゃんが何も言わなくなった丁度その時、目的の店に着いた。閑静な商店街の一角にひっそりと佇む、小さな書店。見上げると、古ぼけた看板に『斑鳩書店』と書いてある。

 後輩ちゃんの手を引いたまま、中に入る。店の中には、様々な本が所狭しと並べられている。中には、うず高く積んであるのもある。


 「いかるがしょてん、ですか」

 「うん。ここは古い本とか珍しい本を取り扱っててね、偶に俺も利用するんだ」

 「そうなんですか。それで――」

 「おっと、そうだ。おーい、斑鳩! 居るかー?」


 カウンターの前から声を掛けると、奥から派手な服をした若い女性が姿を見せた。かのじょが、この店の次期店主にして国立三葉大学経済学部三年・斑鳩明菜だ。


 「おー、来たね。はい、目的の本」

 「ありがとう。しかしお前、その服装はなんとならんか?」

 「べつにいいじゃん。減るもんじゃないし」

 「俺の精神がガンガン減っていくんだよ!」


 よれよれのシャツから見える青い下着から目を逸らしながら叫ぶ。こいつは、自分の姿には無頓着すぎるんだ。その癖、顔だけは無駄に良いし。


 「あっはっはー。純情すぎるんじゃない?」

 「うるせえわ。そんなんだから、山口にも愛想つかされるんだろ?」

 「最近より戻したよ?」

 「え゛」

 「マジマジ。その反応、超ウケる」


 なん、だと。ちなみに山口というのは斑鳩の彼氏で、彼女とは正反対の、真面目で規則や効率を大事にする好青年だ。なぜ山口君がこんな奴と付き合っているのか理解できないが、斑鳩は「身体の相性はばっちり」だそうだ。

 やかましいわ。

 俺が斑鳩と口論をしていると、不意に左手がぎゅっと握られる。振り返ると、むすっとした顔の後輩ちゃん。あ、やべ。


 「ご、ごめん。無視したわけじゃないんだ」

 「分かってますよーだ。別に嫉妬なんかしてませんし」


 そう言いながら、早坂の眉間には皺が寄っている。嫉妬の感情を向けられているというのに、何故かドキッとしてしまう。後輩ちゃんが俺に好意を抱いていると知っているからこそ、見せる独占欲に心が揺れる。

 それと同時に、店に来る前に後輩ちゃんが不機嫌になった理由を思い知った。

 きっと、早坂は俺に女友達が何人いるか聞きたかったのだろう。けれども、直接的に聞く訳にも行かず、あんな曖昧な質問をしたんだ。

 その証拠に、俺を睨みつける後輩ちゃんの瞳には、嫉妬と怒りの他に、不安が見え隠れしていた。


 (馬鹿だなあ。早坂以外に、遊ぶ女友達なんていないっての)


 俺は決して、後輩ちゃんを好きな訳じゃない。あの日から、俺が後輩ちゃんに向けるのは敬意と感謝と友愛だ。

 だというのに。そのはずなのに、早坂と過ごせば過ごすほど、早坂から感情を向けられるほど、どんどん深みに墜ちていく自分がいる。

 ――ああ、可愛いな。今すぐにでも、彼女の柔らかな髪に触れたい。

 いけない思考回路に入ろうとしていた意識を、斑鳩の声が呼び戻す。


 「あーっ! く、楠木。お前の後ろにいる、小動物系超絶美少女は誰だ……?」


 斑鳩からの思わぬ援護射撃に感謝しつつ、俺は苦い表情を作る。


 「……く、見つかった。はあ、俺の後輩だよ。一度、話したことがあったろ」

 「あ、あの。私、楠木先輩の後輩の、早坂美来と言います。本、ありがとうございます」


 早坂が丁寧に挨拶をすると、斑鳩はぐふっと唸り声を漏らして胸を押さえ、その場に跪く。なんだ気持ち悪い。だが、後輩ちゃんはその様子を見て心配になったようで、ポケットからハンカチを取り出して斑鳩に近づく。

 慈愛の心を持っているのはとても好ましいし、流石だと言いたいが今はまずい。

 あまり近づかないようにと後輩ちゃんに注意をしようとしたら、斑鳩は人外の早さで早坂を抱きしめていた。

 なんだこの野郎!


 「きゃあっ!? あ、あのあのえっと、どうして!?」

 「ふわーー、君があの後輩ちゃんか。うんうん、話には聞いているよ。それにしても、君は小さいなあ! ちゃんと食べているのかい? いや、食べたら君が成長してしまうな。この小さな手も、柔らかい頬も、良い匂いのする髪も、素晴らしいよ。全て私の好みだ。うん? 胸とお尻は、それなりに大きいね。うんうん、やっぱりここは女性の象徴だからね、大きいに越したことは――」

 「ふえええっ!? せ、先輩の前でなんてこと言うんですかっ! 先輩、見てないで助けて下さい!」


 後輩ちゃんが必死に助けを求めている。が、こうなったら斑鳩は止まらない。


 「残念だが、諦めろ。こうなったら、もう誰にも止められない」

 「――ほう、体の小ささとは裏腹に、脚は長めだね。私は女性だけれども、脚フェチでね。女性の太ももは、特に素晴らしいよね。特にこの、太すぎず、かといって細すぎず、程よくバランスが取れた脚は――」

 「ううーっ、もうやだぁーっ!!!」


 結局、早坂が解放されたのは15分後の事だった。無事に本が手に入ったのは良いものの、代償はあまりにも重かった。

 俺は後輩に泣きつかれるし、それを宥めるのに2時間ほど有しただけでなく、いつかデートをする約束までしてしまった。

 おのれ、後輩ちゃん。まあ、後輩ちゃんの為なら、例え地獄だって付き合うのだけれど。それを言ったら調子に乗るから、絶対に言わない。

 絶対に、言わないぞ!

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