第3話 後輩ちゃんは、朝ごはんをしっかり食べる方

 西暦2314年、4月22日。午前6時01分。

 鳴り響くアラームを止めて、俺は欠伸をしながら布団から這い出る。

 4月とはいえ、未だ肌寒い部屋を暖めるべく、炬燵の上に置きっぱなしにしていたエアコンのリモコンを手に取り、電源ボタンを押した。

 設定温度は28℃、暖かすぎると以前泊まった友人からは不評だったが、寒さが苦手な俺にとってはちょうどいい。

 洗面所で顔を洗い、ついでに歯も磨く。俺の母親が随分な綺麗好きで、朝起きた直後の口の中はばい菌がなんちゃらという訳で、起きた直後と朝・夕飯を食べた後は必ず歯磨きをする癖がついてしまった。

 昼? 歯間ブラシで済ませることもあるが、そこは許してクレメンス。


 「さて、今日の天気はっと」


 カーテンを開けると、雲一つない青空。昨日の夕方の天気予報では、今日は晴れると言っていたが、果たして。


 《今日のお天気をお知らせします。今日の東京は、1日晴れが続くでしょう。最高気温は19℃。高気圧の接近に伴って気温が5℃近く上昇するので、洗濯物が良く乾きそうです。さて、週間天気――》

 「洗濯物か。溜まってたし、洗濯機回すか」


 籠に溜まった洗濯物を洗濯機に放り込み、洗剤を突っ込んでからスイッチを押す。

 最近の洗濯機は震動なし・騒音無し・節水の3機能が常識になっている。洗剤も汚れを完全に分解・除去するタイプが続々と登場していて、時代の流れというのは恐ろしいなと、変に年寄りじみた考えをしてしまう。

 朝食でもつくるか、と冷蔵庫を物色していたその時、枕元に置いてあった腕輪型の携帯端末・『プトレマイオス』がメールの受信を告げた。


 「なんだ、こんな朝から? ――あれ、後輩ちゃん?」


 メールの送り主は、都立青豊高校時代の天文部部員にして、現在も絶賛後輩を継続中の早坂美来からだった。

 小さい鍋にだしの素を突っ込んで火にかけながら、プトレマイオスを腕に装着する。

 接続音が数回鳴り、目に直接情報が投影される。メールの受信箱を視線誘導で開き、最新のメールを開封する。


 《せんぱーい、おはようございます。みくです。今日も朝ごはん食べてますかー?》


 たったこれだけ。そう、たったこれだけである。

 この後輩は、早起きが苦手にも拘らずほぼ毎朝、これと同じようなメールをくれる。彼女いわく、俺が朝ごはんを取っているかどうかが知りたいらしい。

 去年の夏ごろ、俺が朝食を抜いて大学に行っていた件が早坂にバレ、俺の両親にも伝わって3人から説教をされたことがあった。

 その時は、夏休み前の課題の提出がうまくいかず、連日徹夜した上に朝食を抜いてレポートの作成に充てていたのだが、どうやら相当ヤバい状態に見えたらしい。

 俺の使ってた教科書を取りに来た後輩ちゃんが、俺の顔を見るなり勉強道具を一切合切片付けて、持ってきたお菓子を真顔で口に突っ込んできたぐらいだもんな。

 あの時の早坂は本気で怖かった。もうね、ナイチンゲールも裸足で逃げ出すレベル。


 《今作ってる。因みにメニューはご飯に味噌汁、鮭の塩焼きにしようかなって》

 《おおー、ザ・日本食って感じですね。でも、副菜も入れましょうよ》

 《と言ってもな。冷蔵庫の中、あんまり残ってないんだよ》

 《何があります?》

 《チューハイ、プリン、豆腐。野菜室にきゅうりが一本と、味噌汁用に買ってあるワカメが1つかみ分》


 冷蔵庫の中を物色しながら、目に入ったものを取り敢えず挙げていく。うわ、何も入ってねえな。俺の食生活どうなってんだ。

 自分の無頓着さにゾッとしていると、ややあって返事が返って来た。


 《きゅうりとわかめの酢の物にしましょう》

 《え、酢のもの? 朝から?》

 《はい。お酢は代謝を良くすると聞きますし、腸内環境を改善してくれる効果もありますから。朝から元気になれますよ?》


 へー、お酢にそんな効果があったとは。知らなかった。

 しかし、早坂もよく知ってる。まあ、あいつの場合は家が共働きだし、よく帰りが遅いご両親の為に自分で料理を作ってたぐらいだから、当然か。


 《じゃあ、それにしよう》

 《ぜひ、そうしてください》

 《ちなみに、早坂の今日の朝ごはんは?》

 《自家製米粉パンにポーチドエッグ、アスパラガスのベーコン巻きに昨日作ったポトフの残りです》


 ――朝からいいもん食ってるじゃねえか、ちくしょうめ!

 鮭を焼きながら、心の中で突っ込む。

 くぅ。早坂のメールが無ければ、ゼリー飲料で済まそうとしていた俺とは雲泥の差だ。しかし、アスパラガスのベーコン巻きか。美味そう。

 これ以上は自分の傷を広げるだけなので、さっさと朝食を作ってしまおう。


 豆腐は賽の目状に、ワカメは塩を流して一口大に切る。ダシを入れて沸騰させた鍋の中に豆腐を入れ、再び沸騰したら火を止めてワカメを投入。味噌を溶いて、味を確認したら、お椀に注ぎ入れる。

 焼いた鮭を皿に乗せ、茶碗にご飯を少し多めによそう。朝はあんまり食べないのだが、せっかくだし今日は食べてみよう。

 ボウルの中に輪切りにしたきゅうりを入れ、塩を流して一口サイズに切ったワカメを和える。酢・砂糖・醤油を2:2:1の割合で入れ、適当に味をなじませる。

 小鉢に盛りつけたら、今日の朝ごはんの完成だ。


 結論から言うと、とても美味しかった。

 特に、酢の物が。これは今後も推していこう。お酢だけに、推す。なんちゃって。




 追伸。

 二度寝した早坂を叩き起こして一緒に大学に行くまで、1時間を要した。

 講義に遅刻しそうになったうえ、慌てて教室に入って机の角に太ももを強打して悶絶する破目になったことは絶対に忘れない。

 おのれ、後輩ちゃん!

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