第2話 先輩は、相も変わらずすかたんぽんです
西暦2134年、4月20日。午後0時21分。
私と先輩は、三葉大学の学食に居ました。今日のお昼ご飯は、春キャベツとベーコン、アスパラガスのペペロンチーノ。
1人分よりもちょっぴり多めのパスタの上に、シャキシャキのお野菜とベーコンがこれでもかと乗せられている。こんなボリュームなのに、お値段はたったの340円(税込)!
「お、今日もパスタか。ホント、早坂はパスタが好きだな」
「だって
私の向かいに腰かける先輩のお昼ご飯は、鶏肉の竜田揚げ丼。これでもかと盛られたご飯の上に、甘辛いタレに一晩漬け込んだという鶏肉の竜田揚げが2枚乗っただけの男性向けメニュー。これだけボリューミーなのに、お値段なんと540円!
私だったら一口でお腹いっぱいになっちゃいそうなそれを、先輩は平然と平らげていく。カロリーを想像するだけで、うん、私は遠慮したいかなぁ。
……って、もー。
「先輩、お野菜もきちんと取らないと駄目ですよ? バランスいい食事を心がけないと、体に悪いですって」
「お前は俺の母親か。大丈夫だろ、まだ若いし」
「若いかどうかは関係ありませんよっ。それに、若いからこそ、です」
先輩はお肉とかお魚とかが好きで、野菜はあんまり好きじゃないんですよね。高校時代の先輩のご飯だって、いっつも学食の牛丼とかでしたし。
むー、こうなったら。
「はい、先輩。お野菜も食べて下さい」
「ちょ待てよ。何で俺のご飯の上に、ペペロンチーノの具だけ乗せた」
「味に飽きてきちゃったので。お肉ちょっと貰いますね」
「ちょ待てよっ!?」
私は先輩の抗議の叫びをスルーして、丼の上に乗っていた竜田揚げの一切れを拝借します。
口に入れると、じゅわっと広がる脂とタレの風味。お肉は歯で簡単に噛み切れるほど柔らかくて、衣の食感も軽い。なにより、油で揚げている筈なのに、くどくない。これは人気になるのも分かります。
先輩は、ぶつくさ言いながらもちゃんと野菜を食べています。嫌な顔はしていないんで、単に食べないだけなんですよね。
「野菜が嫌いって訳じゃなんだから、もっと食べればいいじゃないですか」
「別に摂らなくても平気だろ。肉と米さえあれば、生きてはいけるんだし」
「病気になっちゃいますってば」
「その時は病院に行けばいいし、なんならサプリメントでも飲めば大丈夫だろ」
むかっ!
あー言えばこー言う! 屁理屈ばっかり言いやがって、私より年上の癖に!
子供じゃないんですから、素直に野菜ぐらい食べたらいいじゃないですか。
あ、本当にイライラしてきた。ぶっとばしてやろうかな、ほんとにもうっ!!
「せんぱい? ちょっと、せんぱいの食生活について真剣にお話があるので、このあとつきあってくれません?」
「お、おう。どうした早坂、いきなり般若みたいな顔にって、怖い怖い!」
「せんぱいが悪いんです。いつまでたっても、子供みたいな事を言うから」
私がニッコリと微笑むと、先輩は冷や汗をかいて、頬をひきつらせながら頷きます。
まったくもう、最初から素直に食べてくれれば、私が怒ることなかったのに。
先輩はうーとかあーとか呻きながら、ご飯の上に乗ったキャベツとアスパラガスを食べてます。結構塩気が強いですし、にんにくと唐辛子の風味も強いので、先輩は好きそうだなと思ったんですけど。
……無理強いしちゃったのは、失敗だったでしょうか。
「あの、先輩?」
「ん?」
「無理なら、食べなくても大丈夫ですよ? 私が食べますから」
反省も込めつつ恐る恐る言うと、ご飯と野菜を口いっぱいに詰め込んでいた先輩は、大きく目を見開きます。それは僅か数秒のことで、先輩は咀嚼して飲み込んでから水を一口飲んで、それから小さく吹き出しました。
「なっ、なんですか?」
「いや、悪い悪い。昔から、そう言う所は変わってないなって思ってさ」
「そういう所?」
「最初は強く出るくせに、後から心配になって後悔しだすところ。向こう見ずというか、行き当たりばったりというか」
なあっ!?
先輩、そんなこと思っていたんですか!
確かに私、おばあちゃんから「美来ちゃんは勢いがあるねえ」とか、友達から「スポーツカー並みの初動」とか言われてましたけど。
自分でも直そうとは思ってるんですよ、これでも。何も考えずに動いて、後から失敗して落ち込んだ回数なんて、多分1千回は超えてますし。でも、なかなか上手くいかないんですよね、これが。
今日の朝だって、朝はフレンチトーストにしようと思って卵を溶いたら砂糖が切れていて、結局だし巻き卵になっちゃいましたし。あーもう、先輩にまでそんな風に思われていたなんて、恥ずかしすぎます。
「そ、な、指摘してくださいよ。私が恥ずかしいじゃないですか」
「え? いや見てる分には面白いから、別にいいかなって思ってさ。それに、思い切りが良いことは悪くないんじゃないか」
「今面白いって言いました? 私のなにが面白いって言うんですかっ」
「そこだけ切り取って突っかかって来るんじゃあないよ。その後ちゃんとフォロー入れただろうが」
「あ、そうなんですか。どうもありがとうございます」
「嘘だろ、思いっきり不満げじゃねえか……」
ふんすっ!
私は鼻息荒くフォークをお皿に突き刺し、ぐるぐるとパスタを巻きつけます。さっきまで辛いなーって思ってた唐辛子の味が、今は全然気になりません。
なんだったら、先輩のお肉も余裕で食べられる気がします。まあ、取りませんけどね。
先に食べ終えていた先輩が、お盆を持って返却口の方に向かいました。腕時計を見ると、時刻は50分を指しています。わ、もうこんなに経っちゃってるんですね。
私が慌ててパスタを食べていると、先輩が水の入ったピッチャーを持って戻ってきました。
あれ?
「あれ、水飲みに戻って来たんですか?」
「それもだけど、違う。さっき食った野菜が結構辛かったから、水が必要なんじゃないかなって思ってさ。ほら」
そう言って、先輩は空のコップの中に水を注ぎ入れます。
……ずるいなあ、こういうところ。普段はすかたんぽんなのに、気が緩んでるときに限って優しくしてくるんですよ。
こんなんだから、好きになっちゃうんですよ、せんぱい?
「なんだ、そんな上目遣いで。つか、早坂も3限あるだろ? 早く食べ終わらないと、講義に遅れるぞ?」
「ふぁい(はい)」
「なんだ今の返事。猫にゃんこ並みに可愛いな」
「かっ……!?」
先輩の口から飛び出た思わぬ攻撃に、私は絶句してしまう。
可愛いって。先輩が、私のこと可愛いって言った!
ち、ちくしょうめぇっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます