第28話 自由な男
「ぐげぇ!」
ジャンプキックを食らわせた鬼は刀和を放してふらつきはじめた。
(そういうことか!)
キックをした英吾自身が気付いた。
(こいつは見た目だけで弱い!)
体だけは英吾の倍以上あるのにキック一発であっさりと倒れた。
鬼はすぐに起き上がって叫んだ!
「こいつはダメな奴だから鍛えてやってるだけだ!」
「お前の指導なんかいらねーよ!」
ゲシッ!
そう言って鬼にケリを入れる英吾。
だが、尚も鬼は起き上がる。
「こいつが悪い!こいつに責任がある!」
「責任があるのはお前で、悪いのもお前だ!」
ボコォ!
そう言って今度はパンチを食らわす英吾。
殴りながらも英吾は気付いた。
(こいつは……屁理屈こねて人を殴っていたクズだ……)
完全に何のことか理解した英吾は、何かと叫ぶ鬼を論破しては殴る蹴るを繰り返していた。
それを見て呆然とする瞬。
「これは一体……」
「今までの事は全部虐めだったのさ」
圭人が嫌そうに顔を顰める。
「悪戯を仕掛けて期待を裏切る。顔に落書き。秘密の暴露。理不尽な暴力。無理矢理キス。全部虐めじゃないか」
「あっ……」
言われてようやく気付く瞬。
確かに不快としか言えないことが多かった。
「お笑い芸人がやってることを真似しても虐めにしかならん。そんな真似を人に仕掛けて嘲笑う奴なら学校にも居るだろ?」
「……まあ確かに……」
嫌そうに顔を顰める瞬。
瞬も様々な嫌がらせに悩んだ故にそれを強く感じた。
「強い立場を利用して散々嫌がらせをする。そうやって憂さを晴らしているだけのしょうもない奴に苦しんだんじゃないか? だから、ああやって俺達にそれをやって見せた」
圭人は嫌そうに言う。
そこでチーボもようやく気付いた。
「じゃあ、俺たちにやって欲しかったことって……」
「否定して欲しかったんだよ……こんな真似するのは間違ってるって……」
『嗤い』と『笑い』では意味が大きく異なる。
人を嘲笑い、蔑み、苦しめることによって生まれるのが『嗤い』
人を幸せにして、楽しむことによって生まれるのが『笑い』
同じ「わらい」でも意味は全く違う。
「他人を貶めて笑う奴にろくな奴は居ない。けどそんなクズを否定することも出来なかったんじゃないか? 立場的に一切できなくて……」
「そんな……」
刹那も悲しい顔になる。
嘉麻も嫌な顔になる。
「……奴隷……ひょっとして、ここの主ってのは……」
「多分……社畜だ。散々こき使われて……多分……」
圭人がその先を言いよどんだその時だった!
「存在したらダメなのはてめぇの方だ!」
ゴンッ!
英吾の渾身の一撃が鬼の顔面に直撃する。
その瞬間、鬼は煙のようなものを噴き出して消えていった。
「どこ行った?」
英吾は辺りを探すが刀和以外、誰も居ない。
すると……
むにょん
英吾の影から人影が出てきた。
「またか!」
そう言って拳を構えた英吾だが、その手が止まる。
目の前に現れたのは気弱そうな男だった。
疲れて……暗い顔の……何も考えられないぐらい弱っている男だった。
今まで出てきた黒子だが、顔は見せている。
そんな男は今まで尻を叩いてた棒を手に持っていた。
「あんたが主だったのか?」
「よくわからない……でも気が付いたらこんなところに居た」
そう言って、何とも言えない顔になる男。
「僕は小さい頃からいじめられ続けてね……大人になってもいじめられ続けていた……」
暗い顔で持っていた棒を見つめる男。
「一番嫌いだったのはロッカーの中に押し込められて外からバンバン叩くやつだ。しかもその後でロッカーに鍵かけて階段から落とされた……」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何を意味しているかすぐに分かった英吾。
「酷かったよ……太鼓の達人とか言って笑いながらやってたよ……」
やる側は常に『嗤う』。
人を貶めるのが何よりも楽しい奴等だ。
バカにすることが生き甲斐のようなクズはどこにでも居るのだ。
「大人になってからはサングラスの上司に散々ビンタされた。「お前が悪い」「お前が悪い」ってね」
全てを他人のせいにすることは簡単である。
理屈をこねればよい。
どんな理屈も『都合よく』正論にすることが出来る。
歴史に名を残す大虐殺の全て、やった本人からすると「正論」である。
恐ろしいことにスターリンもポルポトも、様々な虐殺者は全て「この理由で殺すのは仕方が無い」と言っていた。
やられた側はたまったものでは無いが、それをやるのが人である。
その男は自嘲気味に言った。
「わからないことがいくつかあるんだ。何で君らは同じ目に遭って笑っていられたんだ?」
「うーん……なんやろ?」
男の言葉に英吾は真剣に悩んだ。
さっぱり理解できなかったからだ。
すると、傍に居た刀和が言った。
「お互いをよく知った仲間だからかな?」
刀和が頭をひねりながら言う。
「上手く言えないけど……みんな僕の事をバカにしないから……お互いにバカにしてないとわかってたからかな?」
互いに理解し合うからこそ、いたずらに笑えるのだ。
多少の馬鹿を互いに許せるのだ。
それを聞いて男は苦笑する。
「僕にもそんな子が居たよ……金棒って子……」
「あれってまさか……」
英吾の言葉を聞いて苦笑する男。
「九鬼に金棒だから最強だよねって言ってた……その子だけが僕をバカにしなかった……」
「・・・・・・・・・・・・・・」
自嘲気味の男の言葉にやるせない気持ちになる英吾。
男が顔を上げて英吾に尋ねた。
「最後に一つだけ。どうして君だけ楽しんでこの虐めにノったの?」
「うーん……人を笑わせるのは楽しいから?」
そう言って恥ずかしそうに笑う英吾。
「他人を弄って嗤うなんざ三流のやること。自分を笑わせてこそ一流。そんな三下如きと俺を一緒にするなよ」
そう言って笑う英吾と「何言ってんだこいつ?」という顔で見る一同。
だが、男はクスクスと笑った。
それを見て英吾は言った。
「俺は普段笑えない人を笑わせるのが「笑い」だと思ってる。笑えない奴を虐めて何が楽しい?」
「君は……何か縛られたことが無いのかい?規則とかしがらみとか…………」
「縛られたことはあるけど……」
「あるけど?」
「縛った縄は全部切った」
男の言葉にあっさりと答える英吾。
「こんな性格だから何かと俺を型に嵌めようとする連中が多いんだがわかってないんだよねぇ……そんなもんにおさまる訳ねーじゃん。俺の器は刀和のチ〇チンよりデカいんだ」
「今、それを言う?」
刀和がジト目で得意げな英吾を睨む。
「縦横無尽が俺の座右の銘だ」
「なるほど」
すると、男はそれを聞いて俯いて笑った。
その『笑い』はやがて大きくなり、旅館に響き渡るほど大きかった。
気持よく……清々しく……
男は爽やかに大きな声で笑った。
「君は本当に自由なんだねえ……僕も君みたいに自由に生きたかった」
そう言って男は持っていた棒を英吾に渡した。
「ありがとう……久しぶりに大笑いできた……」
男がそう言うと……
バラバラバラバラ……
旅館の壁がどんどんと崩れ始め……
びゅおぉぉぉぉぉぉぉ!!!
再び吹雪が入り込んできた!
「ちょっ!」
「まずい!」
慌てて身を寄せる全員。
吹雪はあっという間に全員を囲んで真っ白なホワイトアウト状態になった!
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