笑滅の館

剣乃 和也

序幕 鼓


ぽん……ぽん……


 軽やかに鼓を叩く音が辺りに響き渡る。

 心地よい音色とリズムは聞く者の心を潤わせる。


「お兄ちゃん楽しいねぇ!」

「そうだねぇ!」

「僕もやりたい!」


 小学生ぐらいの三人兄弟が大正時代の着物を着て、目の前にある五つの鼓を叩いて遊んでいる。

 それだけならそれほどおかしなことではない。

 


「いぃなぁびぃかぁりぃのぉ♪ ざつおんがみみをさぁすぅ♪」


 しかもその

 三人兄弟の無邪気な姿に比べると異様な風景である。


 とは言え、これぐらいはまだましな方である。

 言ってみれば人間ゲーム機で『鼓の達人』を遊んでいるような物だと考えれば微笑ましいお遊戯にも見える。


 ……


 さらに問題なのは別の点である。


「おい! 誰かあのガキ止めてこい!」

「ぐぉ!」

「無理だよお……」


 

 転がる理由は簡単である。


ぽん♪ ガタァ!


 

 しかもそれだけではない。


ぽん♪ ガラァ!


 

 黒子はそのまま手近に居た痩せたチビの少年の元へと近づき……


パァン!


 その尻を叩く!


「いたぁ!」


 叩かれて思わず跳び上がる少年!

 その瞬間!


ぽん♪ ガタァ!


 部屋が傾くのでそのまま転がってしまう少年。

 それを見ていたポニーテールの少女が叫ぶ!


「何なのよぉ!」


 先ほどからずっとこの調子なのである。

 だから、彼らは部屋の中を右へ左へと転がされ続けていた。

 だが、彼らにも希望があった。


「あと少しだ!」

「もう少しで歌が終わる!」


 歌には必ず終わりがある。

 歌がそろそろ終わりへと差し掛かろうとしていた。


「うぅんめぇいをぉ♪てらして♪」


じゃじゃーじゃじゃー♪ 


 ようやく歌が終わってくれる。


ガタリ


 畳が水平に戻り、ようやく全員が一息を吐く。


「もうやだよ……この旅館……」


 眼鏡をつけた少女が嫌そうにへたり込む。

 彼女だけで無く、全員が疲れ切った様子でへたり込んでいた。

 散々揺らされたのでヘロヘロなのだ。

 そんな彼らを前に三人兄弟は嬉しそうに笑う。


「楽しかったねぇ!」

「面白かったぁ!」


 それを見て散々揺らされた全員がジト目になる。


「そりゃお前らはなぁ……」

「さぞかし楽しかったんだろうなぁ……」

「ノリノリだったからなぁ……」


 恨みがましい目で子供たちを睨む中学生たち。

 すると三人兄弟の末っ子が声を上げる。


「僕もやりたい!」

「……うん?」

 

 それを聞いた肌の黒い少年が訝し気な声を上げる。


「もう一回やるぽん!」


 鼓を生やした大男が野太い声で言った。

 すると三人兄弟の長男らしき少年が言った。


「仕方が無いな。もう一回やろうか!」


 そう言って百円を大男に手渡しをする。


ぴきっ


 へたり込んでいた男女七人全員の顔が凍り付いた。

 左目の下に涙ボクロのある少年が叫ぶ。


「おい! だれかあのガキを止め……」


ぽん♪ ガタァ!


 再び音楽が鳴り始めた!


「エンドレスかよ!」


 端正な顔立ちの少年が嫌そうに叫びながら、傾いた畳によろめいて転んだ!

 巻き毛に眼鏡の少年は辛そうに叫ぶ!


「ちくしょう!」


 ガタリと揺れる部屋に転がりながら叫んだ!


!」


 彼の言葉は空しく大部屋に響き渡った。


 しかし不思議な話である。

 彼らは何でこんなことをやっているのであろうか?

 その答えはこの先にある。


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