第24話



 ニコニコ、と喜多は微笑んでいる。

 ……俺と喜多の間に、男女の関係は一切ない。

 なのに、なぜだ……? どうして、しまった、と俺は一瞬思ったんだろうか?


 なぜ俺は、浮気でもしている気分を味わっているんだ!?


「……確か、そちらの人は――喜多さんだったかしら?」


 真里が小首をかしげながら、喜多を見た。

 ……なんで真里もちょっと威圧するような声音なんだろう?

 俺と話すときとはまったく違うんだけど……。


「はい、初めまして……ですね。私は喜多、彩香といいます」

「初めまして……私は井永真里よ」


 良かった。二人の自己紹介に問題は見られない。

 俺が感じていた謎の威圧感は、気のせいだったようだな。


「それじゃあ……一真はこれから私と一緒に帰るから。じゃあね?」

「……一真? 一緒に帰る?」


 ぴくり、と喜多の眉尻があがった。

 ……わざわざ、そこを強調するように言わなくて良かっただろ!


「ええ、そうなの。これから一緒に帰るのよ、ね一真?」

「……そう、だな」


 俺が答えると喜多は丸い目をきょとんと見開いた。


「そうなんですね……それで……一真先輩。少し聞いてもいいですか?」


 ……つたー、と俺の背中を冷や汗が伝う。


「なんだ?」

「私も、一緒に帰ってもいいですか?」


 喜多の言葉に、俺はちらと真里を見た。

 

「私はどちらでも構わないわよ? 一真が決めていいわよ」


 それなら……喜多も誘っておいた方が無難だろう。

 

「だそうだ。……一緒に帰るか?」

「ええ、お願いします」


 にこりと微笑んだ喜多がカバンを持ち直した。


 

 〇



 校門を出る際に、僅かにいた生徒たちから驚いたようにこちらを見ていた


「お、おい見ろよ! 一真と、喜多さんがいるぞ!!」 

「……まさか、有坂さんと別れた途端、女をとっかえひっかえか?」

「かー、羨ましいねー、刺されちまえ!」


 あいつらめ……。

 聞こえないと思っているのか、好き勝手なこと言いやがって。

 それが聞こえたからか、真理が耳まで赤くしていた。


「……悪い。一言言ってくる」


 二人とは特に何もない。

 ただ、たまたま一緒に帰っているだけだ。

 俺も変な誤解は受けたくなかったのでそういったのだが、喜多が俺の手を掴んできた。

 小さくやわらかな感触。熱が俺の手に伝わった。視線を向けると、


「一真先輩。私は……その……恥ずかしいですけど、嬉しいですからね」


 喜多は頬をわずかに染めながら言った。

 ……その言葉に、俺の頬まで熱を持つ。

 俺と喜多が見つめ合っていた時だった。真理が俺たちの間に手刀を落とした。


 それで……現実に戻ってきた。


「二人とも……人の前でいちゃつくのはやめてくれないかしら?」


 ぶすー、と真理が頬を膨らます。

 

「い、いちゃついているわけじゃないぞ!?」

「どうだか……一真は鼻の下伸びていたわよ?」


 そんなバカな。確かに、先ほど手を握られた感触にドキリとはしたが……。

 俺は口元を隠すように片手を動かす。

 ……そうすると、真理が口元を緩めた。


「冗談よ、冗談。……けど、意識はしていたようね」


 嫉妬、なんだろうか。真理の目が細く、俺を睨みつけてくる。

 真理の目から逃れるように、俺は歩き出した。


「ほら、帰ろうぜ」


 逃げるように俺が言うと、真理と喜多は一度顔を見合わせてから、俺の隣に並んだ。

 そして、左手を真理が、喜多が右手を掴んできた。


「ちょ、ちょっとおまえら!?」

「先輩……い、嫌ですか?」


 右手を掴んだ喜多がそう言ってきた。


「い、嫌というか……その……」


 もちろん、嫌などという感情は一切ない。

 むしろ、幸せである。俺の左手を握っていた真理が、少し力を込めてきた。


「ほ、ほら……早く、行きましょう」


 ……やはり、このままいくのか。

 俺が小さくうなずいてから、歩き出した。


「……そういえば、喜多さんも家はこちらなのかしら?」

「はい、そうですよ。井永先輩もなんですね?」

「ええ、そうよ。けど、いいの? 友達とかといっしょに帰らなくても?」


 にこにこ、と笑顔でたずねる真里。

 だが……なんだろう。笑顔なんだけど、笑顔じゃない……。


「大丈夫ですよ? 先輩こそ、いいんですか? 学校で変な噂とかされちゃうかもしれませんよ?」

「わ、私はむしろ、良いとおもっているわ。ねぇ、一真?」


 えぇ……俺はできれば平穏に過ごしたいんだけど。

 

「そう、なんですか一真先輩」


 不安そうな、悲しそうな表情を浮かべる喜多。

 ……真理を納得させるような返事をすれば、喜多が悲しむだろう。

 その逆も……難しい。

 ならば……その中間地点を選ぶしかないな。


「できれば、今は平穏に暮らしたいな……」


 俺がそれとなーく、今の心境を伝えると、二人は顔を見合わせた。


「それなら、私と付き合ってみないかしら? そうすれば、こんな変なのは寄り付かせないわよ?」


 変なの、と言いながら真里は喜多を指さした。

 それに対して、喜多は頬を引くつかせながら、俺の方に体を寄せてきた。


「一真先輩。私を選んでください。……絶対に一真先輩を不幸にしませんから。一真先輩に近づくものを、排除してみせますから」


 排除って! 危険な言葉を使わないでほしい。

 二人がバチバチとにらみ合う。

 ……どちらも、普段はもっと落ち着いているのだが、今はそんな様子がまるでなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る