第14話



「昼どうする?」

「うーん、学食に行くか、購買でパンでも買ってくる?」


 俺と太郎がそんな話をしている時だった。

 何やら、廊下が騒がしいな……。

 一体どうしたんだろう?

 俺たちも気になってそちらを見ていると、やがて教室の扉が開いた。


 ちょっと嫌な予感がした。また陽菜が現れたのではないだろうかと。

 だが、それは杞憂だった。

 登場したのは、喜多だった。


 喜多はきょろきょろとどこか不安げに二年生の教室を見回していた。

 ……それもそうか。

 誰を探しているんだろうな。

 

 そのとき、俺と目があった。ほっとしたような表情とともに、俺のほうにやってきた。


「……一真先輩、嫌じゃなかったら、一緒にお昼食べませんか?」

「え? あー、けど俺は太郎と食べる予定があってな」

「ぼ、僕のことは気にしなくていいから……どうぞ、お二人さん、仲良く食べてきなよ」


 ……いいのか、太郎。

 というか、喜多の探していた奴ってまさか俺か?

 だったら、事前にラインを送ってくれれば良かったのに。

 そうすれば、ここまで目立つことはなかった。


 というか、周囲の視線が痛い……。


「……あいつ、付き合ってないとか言っていなかったか?」

「なのに、なんで喜多さんは一真の野郎を昼飯に誘ってんだ?」

「……ずりぃよ! あいつは有坂さんの彼氏じゃなかったのかよ!?」

「本当だよな! 有坂さんにしておけってんだ!」

「なっ、あのわがまま女お――」


 ……おい。

 俺を爆弾処理班みたいに扱うんじゃないってんだ。

 俺が小さくため息をついていると、ぎょっとした。


 喜多の背後に、陽菜が立っていたからだ。


「一真! お昼一緒に食べに来てあげたわよっ!!」


 いつもよりも二割増しの声。

 ……陽菜。気迫の問題じゃねぇんだよ。

 笑顔もいつもより、心なしか綺麗なものになっている。


 その無邪気ともいえるような笑顔に、クラスの男子数名が見とれていた。


「あ、有坂さん……なんだかいつもよりも綺麗にみえないか?」

「ば、馬鹿! 目を覚ませ! あの人の中身知っているだろ!? 幼馴染の一真でも手を焼くような奴だぞ!?」

「はぁはぁ、でも、あの人に冷たくあしらわれたい……あしらわれたくない?」


 一人やばい変態がクラスメートにいるようだ。見つけ次第、縁を切ろう。

 確かにクラスメートたちが言うように、陽菜は少し変わった。

 なんだかいつもよりも女性らしさがある?

 ……とはいえ、俺が望んでいたのはそういった部分の変化じゃねぇ!


 性格の部分にはまるで変化が見られなかった。


「悪いな、陽菜。今日は喜多と一緒に食べる予定なんだ」

「はぁ!? あたしよりもそいつを優先するの!?」

「……そもそも、おまえと食べる予定はハナからないんだ、行くぞ喜多」


 喜多の手を引こうとしたとき、喜多がまたもや満面の笑みとともに陽菜を見ていた。

 ……陽菜を見るとき、いつも笑顔だな。

 ……もしかしたら、恐怖を押し隠そうと必死に笑顔で誤魔化しているのかもしれない。


「あっ、はい。先輩。……それでは、有坂先輩」


 どこかいつもよりも声が高く、どこか嬉しそうな調子で喜多は言った。

 ……嬉しそう?

 俺が陽菜ではなく、喜多を優先したからだろうか?


 喜多とともに廊下を歩いていく。


「……食堂で食べるか? それとも購買で何か買って食べるか?」

「中庭で、食べませんか? 今日は良い天気ですし」


 今は五月半ば。確かに、今ぐらいしか外で食べられる機会はない。

 あと半月もすれば梅雨入り。それが終われば、蒸し暑い夏の到来だ。

 

「わかった。けど、俺は何も持ってきてないから、先に購買で買ってくる」

「だ、大丈夫です先輩っ。私……その、お弁当もってきましたから」


 俺に飯を食わせるつもりはない、と?

 ……いやいや、そういうことじゃないか。

 陽菜ならば、平気でそういう可能性はあるが、喜多は違うだろう。


「まさか、俺の分の弁当もか?」

「はい……その、いらなければ……私が食べますけど」

「い、いや……食べる。いただけるのなら……っ」

「ほ、本当ですか? お口に合うかどうかはわかりませんけど……」

 

 合わなくても全部食べるに決まっている。

 初めての女子の手料理だ。

 ……思い起こされるのは、昔無理やり陽菜に食わされた丸焦げの目玉焼き。

 

 ……そうだな。陽菜はやっぱり料理できねぇや。

 中庭に移動した俺たちはベンチに座り、早速喜多に弁当を渡された。


「ど、どうぞ……」

「……あ、ああありがとな」


 俺は緊張しながら、彼女の弁当箱を開いた。

 ……お、おお。男の子が好きそうなメニューばかりだ。

 ハンバーグに唐揚げ、と肉類が中心だ。


 野菜は本当に僅か、彩りを整えるためとばかりに存在していた。

 俺が感動しながら弁当箱を見ていると、喜多がちょっとばかり身を寄せて来た。


「き、喜多?」

「あの、先輩……どうぞ」


 そういって彼女は箸で唐揚げを一つ掴んで、こちらへと向けて来た。

 え? こ、これ食べろってことか?

 差し出された唐揚げを、俺は思わず見つめる。


 ……こ、ここでためらうわけにはいかない。

 俺はその唐揚げを一口で食べた。


「……大きなお口ですね」


 そう言われるのが、妙に照れ臭い。

 唐揚げを咀嚼していたが、いまいち味はよくわからなかった。

 ただ、うん……うまいと思う。


「先輩、頬真っ赤ですね」


 からかうように言ってきた喜多だったが、彼女の頬も赤い。


「……おまえもな」

「そ、それは……まあ、その……こういうこと、慣れないので……」


 喜多は俯いてしまった。

 ……お返しを、してやらないとだな。

 俺は、自分のところにあった箸で一つ、おかずを掴んだ。


「ほら、喜多も食べるか?」

「うえ!? い、いいですよ、私は自分で食べられます!」

「……いや、おまえ、ほら食べろって。こっちだけ恥ずかしい思いするなんてずるいだろ」

「せ、先輩……いじわる……っ」


 喜多は呟くようにそういってから、小さな唇を近づけていく。

 そして、一口食べた。

 俺と違って、さすがに一口とはいかなかったが、彼女は可愛らしく咀嚼していた。


 食べ終わった彼女は、それから恥ずかしそうにこちらを睨みつけてきた。

 ……めっちゃ、恥ずかしいな。

 俺たちはその後、もくもくと食事をしていった。



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