第15話



 昼休みは……とにかく、恥ずかしかった。

 もしも、今後誰かと付き合うようなことがあれば、アレに近いような出来事が待っているのだろうか?

 

 だとしたら、俺は一生誰かと付き合えるとは思わなかった。

 放課後。

 一日の終わりということもあって、クラスメートたちは皆の表情は晴れやかなものだった。


 俺は太郎とともに帰宅しようかと思ったときだった。クラスメートの明智(あけち)武(たけし)がこちらへとやってきた。

 ……クラスでは1、2位を争うイケメンだ。

 

 人気者の彼が俺の前にやってくると、両手を合わせた。


「な、なあ! 二人とも……ちょっといいか?」

「どうしたんだ?」

「いや……その、今日……他校の子と合コンがあるんだけどさ……予定してた二人が来れなくなっちまってさ。……頼む! 二人に来てほしいんだ!」

「ご、合コン……?」


 まさか、高校生で合コン!?

 やはり、武は進んでいるな……。


 武はモテるが、女関係がだらしないため、校内ではそこまでの人気がない。

 黙っていればかっこいい。まさに陽菜の男バージョンみたいなやつだ。

 ただし、基本イイヤツだ。陽菜みたいに、人の人格否定はしないし、わがままだって口にしないからな。


「なあ、太郎……これが高校生らしい遊びなのか?」

「え、えーと……ぼ、僕もそういう経験はないかな……?」

「いやいや! 別に合コンって言ってるけど、ただのカラオケだからな? 一緒にカラオケいって、歌うたってちょっと夕食食って帰ってくるって感じだ。な? いいだろ!? イケメン連れてくるって言ったんだ! 二人なら絶対大丈夫だし!」

「……おいおい」


 なんてことを言っているんだ? 太郎はともかく、俺をイケメンとして数えないでほしい……。

 ただ、武は困っている様子だった。

 そうなると……手を貸してやってもいいかな、と思う。

 ちら、と太郎を見る。


「……どうする?」

「僕は……一真に従うよ?」


 ……そうか。


「まあ、困っているのなら……一応参加くらいはしてもいいが」

「本当か!? ありがとう! めっちゃ困ってたんだ! 助かるぜー!」

「……そうはしゃぐなよ」


 武の笑顔に、俺も苦笑する。

 ……まあ、数合わせて……くらいにはなるだろう。

 せめて、周りを楽しませられるようにしねぇとな。

 その時だった。教室の扉ががらりと開いた。そして、空気が一瞬で変わる。


 それだけで、誰が来たのか分かった。


「一真……っ」


 俺を見つけた陽菜が目を吊り上げて近づいてきた。

 いつもより、少し声のボリュームは下がっているようだった。

 そんな彼女がちらと太郎と武を見て、睨みつけた。


「邪魔!」

「おい」


 二人を威圧するように叫んだ陽菜に、俺は慌てて声で割りこむ。

 陽菜がきっと俺を見てくる。


「一真! あたしと帰るわよ!」

「帰らねぇよ。俺は二人と遊びに行くんだ。帰るのなら、一人で帰ってくれ」

「……」


 陽菜がさらに目を吊り上げる。両目じりに涙が浮かんでいたが、俺は彼女を睨み返す。


「太郎、武……いくぞ」

「一真……っ!」

「言っただろ、陽菜。俺はもうおまえのわがままに付き合うつもりはないって」


 腕をつかんできた陽菜にそう言ってから、俺は太郎たちとともに教室を出た。

 廊下を歩いてしばらくしてだった。

 ふぅ、と武が息を吐いた。


「……本当に、別れたんだな」

「最初から付き合ってもねぇよ」

「悪い悪い……。けど、これからは遊びに誘っても問題なさそうだな」


 武が笑顔とともに言った。


「別に、今までだって誘ってもよかったんだぜ?」

「いやいや、誘いたかったんだけどさ……いつも、有坂さんにああやって睨まれるからな……こえーよ」

「……そうか」


 まったく、陽菜のせいで散々だったな。

 けど、これからはこうやって普通の高校生として遊びにも行ける。

 本当に良いこと尽くしだな!


「それじゃあ。カラオケ店前に、急ぐぞ!」

「……そうだな」


 俺と太郎は武に合わせて走り出す。

 と、太郎が僅かに遅れる。

 ……この中だと、太郎が一番運動苦手だからな。


「ふ、二人とも速いよ! ちょ、ちょっと待ってよ!」

「向こうの女の子たち、滅茶苦茶可愛いんだよ! そう思えば、いくらでも走れるだろ!?」

「ぼ、僕別にそこまでして彼女作りたいわけじゃないし……」

「なに!? なら、もしも可愛い子いたらオレがとっちゃうからな!?」

「べ、別にいいよ……だ、だからもうすこしペース落としてよ……」

「よし、分かったよ!」


 武がそういって、ペースを落とす。

 よく見れば、彼も額に汗を浮かべていた。

 ……女の子ために無理をしていたのは本当らしいな。


「なあ、一真」

「なんだ?」

「……おまえも、オレが気に入った子にアタックできるように手伝ってくれないか?」

「別に構わねぇよ。俺も別に彼女作りたいわけじゃないしな」

 

 俺は知っている。

 普通の高校生というのは、どうやら恋愛に憧れるけど、恋愛はしないのだ。

 みんな、モテたいモテたいと言っているわりに、統計とか見ると、高校生で付き合っている人はそう多くないのだ。

 俺は陽菜から解放され、普通の高校生になった。

 だからこそ、普通の高校生を貫き通すのだ!


「そ、そうか! なら頼むぜ!」


 嬉しそうだな、武は。

 友達の頼みを聞いて何かをするというのは、陽菜と一緒にいたときには中々できなかった。

 仕事を手伝うことがあれば、陽菜がわがままを言うからだ。


 俺たちは駆け足程度のペースで、カラオケ店へと歩いていった。


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