第30話



 喜多とともに俺は家に向かって歩いていく。

 先ほどの陽菜のことを、俺はじっくりと考えていた。

 やはり喜多は、どうやら陽菜に対して何かしらのこだわりを持っている。

 それが何なのかは……恐らく聞いても話してくれないだろう。


「どうしたんですか先輩?」

「いや……なんでもねぇ」


 ニコニコと笑顔で隠している本音を暴くのは難しいだろう。

 別に、無理に暴く必要もないのかもしれないが。

 そんなことを考えていると、喜多が首を傾げた。


「そういえば、先輩100m走に出るって言ってましたけど、最近どうなんですか? 運動とかってしてますか?」

「いや……その。最近は全然してないんだよ。だから、改めて鍛えなおさないといけないと思ってな……」

「あっ、そうだったんですね! 私も、なんです。受験勉強に集中していたので、もう運動とかは本当にたまにするくらいだったんです」

「……そうなんだな」


 まあ、そうなるのも仕方ないだろう。

 たまに息抜き程度に体を動かす程度はあっても、あくまでその程度なはずだ。


「だから先輩、一緒に特訓しませんか?」

「……特訓、か」

「はい。学校行く前とか、休日とかに軽く走りませんか? ジョギング程度でもいいんですけど」

「……そうだな。それじゃあ、毎朝でどうだ? もう来週には体育祭来るしな」

「そうですね……結構やる気満々ですね」

「……いや、俺の走りを誰も見ちゃいないのに、リレーのアンカーにまで選ばれたからな」

「あっ、そうなんですね。それはまたご愁傷様です。……といっても、私もリレーまで出ることになっちゃったんですけどね」

「……そうなんだな。なんだ、クラスの人に知っている人がいたのか?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……」


 濁した様子だった。

 ……どうしたんだろう? 俺が首を傾げていると、喜多が続けた。


「そういえば、体育祭って競技ごとに点数が決まっているじゃないですか?」

「ああ、そうだな」

「それに、例えば競技ごとにベストスコアを出せば、プラスで点が入りますよね?」

「そう……だったかもな。というか、詳しいな」

「はい。体育委員の方からそう聞いたんです」


 ……なるほどな。

 俺は去年の体育祭を思い出す。……うちの学校の生徒たちはどうにも盛り上がるイベントごとが好きなようで、そのときはかなりうるさかった気がする。

 去年うるさかったのはあれか。陽菜が隣にいたからだな。


 今年は、静かになりそうだな。


「それがどうしたんだ?」

「いえ、その……私、ちょっと気になっていることがありまして。そのベストスコアって、学年ごとに発表されるんですよね?」

「まあ、そうだったな……各競技ごとに、一年、二年、三年という感じで一番良かったスコアの人間を呼んで軽い表彰とかしてたな。っていっても、体育教師が駄菓子とかを配るとかだったけどな」


 豪華賞品がプレゼント! なんて言っていた気がするが、大したもんじゃないな……と思ったのは一年の頃の話だ。

 

「そう、なんですね」

「なんだ、駄菓子に興味あるのか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……あー、でもちょっと興味もありますね。どんなものがもらえるんだろうなって!」

「あんまり期待しないほうがいいぞ、本当にな」


 嬉しそうに綺麗な笑顔を浮かべる喜多を横目に、俺は考えていた。

 ……どちらかというと、ベストスコアに興味があるといったところだろうか?

 花に話を聞いたとき、負けず嫌いだと話していた。


 ……もしかしたら、その辺りで一番を取りたいという考えがあるのかもしれない。

 だからこその、先ほどの特訓の提案だったんだろう。


 そんなことを考えていると、俺の家についた。ここから喜多の家まではそこまで遠くはない。


「先輩」


 俺は家の敷地に入ろうとしたところで喜多に呼びかけられた。

 振り返ると喜多がにこりと微笑んでいた。夕焼けに混じる彼女は、完璧に可愛らしい笑顔とともに微笑んだ。


「私、体育祭のあと、改めて先輩に告白しますね」

「……それはどういうことだ?」

「そのまま、の意味ですよ? ……だから先輩。改めて、その時に返事を聞かせてくださいね」

「……といっても、な」

「もしかして、有坂先輩がまだ心に残っているんですか?」


 近くて遠い場所をついてきたな。

 俺には幼馴染として最後の責任がある。それを果たすまで、陽菜と完全に縁を切るということはない。

 だが、あくまでそれだけの関係だった。


「いや、それはないな」


 だから、断言できる。

 喜多はにこりと微笑む。

 いつもと同じような笑顔だ。……そう、いつも、この笑顔だ。

 

 まるで作られたような。

 何かを隠すような笑顔。

 完璧な、美少女としての笑顔。


 初めの時から、ずっと感じていた違和感だった。


「それなら、良かったです。私を……もっと真剣に見てくださいね」

「……わかったよ。とりあえず、特訓の件、あとでラインで予定決めようか」

「はいっ。それでは、先輩。また明日の朝!」

「ああ、またな」


 そういってから、俺は喜多に背中を向けて家へと入った。

 ふう、と軽く息を吐く。


 喜多がなぜ俺に近づいてきたのか。

 それについてうっすらと理解していた。


 喜多は恐らく――。

 俺は自分の部屋の椅子に腰かけ、天井を見ながら息を吐いた。

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