第29話


 体育祭が来週に迫っていた。

 文化祭と比較すると、授業をしないで済む一週間、という認識くらいのもので特別クラスメートが盛り上がるということはなかった。


 体育祭、ねえ。

 基本的に陸上系の種目ばかりとなる。

 球技系は、球技大会の時に行われるからな。


「そういうわけで、クラスで一位をとるために、それぞれが得意なものでコースを決めていくぞ!」


 副委員長の武が司会進行を務めていた。それを補助する形で、委員長の真理が隣にいる。


「「「おお!!」」」


 とはいえ、体育祭に熱を入れる人間もいる。

 ……特にうちのクラスは、そういう人が多いようだな。

 まあ、俺は楽な競技ができればなんでもいいかな。

 そんなことを思いながらクラスを眺めていると、太郎がやってきた。


 わりと皆自由に移動していたからだろう。


「一真、どうするの?」


 ……今はどの競技に参加するか決めているところだ。

 俺はじっと黒板に書かれている競技一覧を見ながら、太郎に答えた。


「俺は100m走あたりがいいな。すぐ終わるし」

「それなら、一真ぴったりだね。中学の時、確か県記録出してたよね?」


 おいおい、余計なことを言うなよ。

 太郎の言葉に、クラスメートが反応した。


「お、おい、一真それって本当なのか!?」


 武が、真っ先に反応する。

 同時に、クラスメートたちも振り返りこちらを見て来た。


「え、一真くんって運動得意なの!?」

「そういえば、体育の時間いつもそれなりに活躍していたよな!?」


 男女がそろってそう言ってくる。

 ……まあ、小学校の頃は野球、サッカー。

 中学は陸上と、それなりに運動してきたので不得意なものはない。


「まあ……それなりには、かな」


 俺が言葉を濁しながらそういうと、真理と目があう。

 同じ中学であったためか、真理も知っているようだ。


 けど、話に割りこんでくることはない。……たぶん、同じ中学とかバレるのが嫌なんだろう。

 昔は今ほど華やかじゃなかったしな。


「おいおいマジかよ! それなら100m走で一位頼むぜ!」


 武がそういってきて、俺は親指を立てる。

 ……願ったり叶ったりだ。そんな楽な競技に参加させてくれるならな!

 というわけで、俺の競技があっさりと決まった。

  

 太郎に感謝だな。


「ありがとな、太郎。これで当日は楽できそうだぜ」

「……え、でも。……大丈夫?」


 そういって、太郎が黒板を指さす。

 どういうことだ?

 俺が視線を向けると、最後のクラス対抗リレーの枠に俺の名前があった。


「お、おい待て待て! 得意っていっても、中学のときの話だぞ!?」


 しかもアンカーって。


「大丈夫だろ!? それに、うちってそんなに足早い人ばっかりってわけでもないんだしな!」

「野球部のエースいるだろ!?」


 俺がちらと近くのエースを見る。

 彼は腕を組んだ後、そっぽを向いた。


「……短距離は、すまん。無理なんだ。長距離は、任せろ!」

「……ほ、ほらサッカー部の奴だっているし!」

「オレ……キーパーだから、さ。そんなに短距離得意じゃないんだよ」


 いやそれでも日々トレーニングつんでるだろ?

 さすがに、帰宅部のエースよりは動けるだろ……。

 俺だって、一応週に一度程度は走っているとはいえ、さすがに衰えているぞ……?


「頼んだぜ、一真!」

「一真君なら大丈夫だよ!」


 ……クラスメートたちは、すっかり俺に期待してしまっているようだ。

 ……これは、足をひっぱらないように走りこんだほうがいいかもな。



 〇



 体育祭のメンバーが決まった日の放課後。

 俺は喜多とともに下校していた。

 

「今日の六時間目に体育祭のメンバー決めたんですよ。先輩のクラスはどうでしたか?」

「俺たちのクラスも決めたな」

「あっ、そうなんですね。先輩、何に出るんですか?」

「……俺は100メートル走だな」


 俺が答えると、喜多はこちらを見てきた。


「やっぱり、そうなんですね。先輩も陸上部でしたもんね」

「まあな」

「私も短距離走でるんですよ」


 ……そうなんだな。


「喜多は別に怪我したとかじゃないんだよな?」

「え? なんのことですか?」

「……いやな。おまえ、中学の時はそれなりに名前を残していた選手だっただろ? だから、高校に入ってから部活に入らなかったんだなーって思ってな」


 俺が言うと、喜多は頬を一瞬引きつらせた。

 ……昔のことは話されたくない、ってところか?


「そう、ですね。まあ、けど有坂先輩だってそうじゃないですか? 一真先輩だって」

「……まあ、俺はな。そもそも、中学が部活強制参加だったから入っただけだし」

「私もですよ。そういえば、有坂先輩って何に出るんですかね? やっぱり、短距離走ですかね?」

「じゃないのか? 聞いてみないと分からないが」


 俺がそう答えたときだった。背後に気配を感じた。

 振り返ると、うお!? 陽菜がいた。


「あたしも100メートル走に出るわよ!」

「……あっ、いたんですね有坂先輩」

「あんた誰よ?」


 陽菜がむすっとした顔でそういうと、喜多が頬を引きつらせた。


「この前も話しただろ」

「ふーん、あっそっよく覚えてないわ! それより一真! あたし、100メートル走に出るのよ! 頑張ってくるわね!」

「……ああ、そうか」

「ええ、そうよ! ……うん、それじゃあ」

「ちょっと待て陽菜」

「え!? な、なに一真!」


 陽菜はそういってから、近づいてきた。


「体育祭のメンバーを決めるとき、クラスの人とは話したのか?」

「え? あー、まあ多少話したわよ。昔、走るのが得意だったって言ったら、すぐに決まったのよ!」

「……そうなんだな。それじゃあ、またあした」

「……うん、またあした」


 ……まさか、友達に自分のことを話しているとは思っていなかった。

 陽菜も多少は成長しているようだ。幼馴染として嬉しい限りだった。


 これなら、年内には俺が完全に関係を断っても問題なさそうだな。

 そんなことを考えながら、ちらと隣を見ると……喜多が気に食わなそうな顔で陽菜の背中を見送っていた。


「……喜多?」

「え!? あ、ああなんでしょうか先輩!」


 慌てた様子で笑顔を浮かべる喜多。

 ……やはり彼女は、陽菜に対して何か特別な想いを抱いているな。


 それが一体何なのか。俺は考えていた。


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