第9話
放課後になった。
……いよいよ、か。
太郎がこちらへとやってきた。
「それじゃあ、頑張ってね」
「頑張って、と言われても……俺は話を聞きに行くだけだしな」
どちらかというと呼び出した方が頑張る必要があるだろう。
太郎がこくこくと苦笑しながらこちらを見ていた。
俺が教室を出ようとしたところで、陽菜がやってきた。
視線がぶつかる。彼女は俺を見ると、むすっとした顔とともにこちらを見てきた。
「一緒に、帰るわよ一真」
「……帰らないっての。これから用事があるんだよ」
「用事って何よ!? ていうか、どんな用事だったとしても、あたしを優先するのが普通でしょ!?」
「だから……おまえとは別に何の関係もないって言っただろ。おまえのわがままにはもう付き合わない。……これ以上、絡んでくるのなら、もう話もしないからな」
「……」
陽菜は唇をぎゅっと結び、わずかに涙目で俺を睨んできた。
それから、彼女はそっぽを向いて、走り出した。
……廊下を走るんじゃない、まったく。
「……ほ、本当にあの二人、別れたんだ」
「ってことは、やっぱり……チャンスなんじゃない?」
「う、うん……っ! 今なら、どうにかなるかもしれない!」
なんだか、変に注目を集めてしまった。
というか、「別れた」って……。そもそも、付き合ってもないんだが。
そう思われていたということがわずかに腹立たしかった。
俺はわずかにため息をついてから、廊下に出た。
……廊下にいた生徒たちも、同じようにこちらを見ていた。
……陽菜は良くも悪くも目立つからな。それと関わるだけで、俺まで目立ってしまう。
これから、手紙の女性と会うのだ。できる限り、注目は減らしてから行った方がいいだろう。
少し時間をおいてから、体育館裏へと向かった。
まだ、相手はいなかった。
……これは、もしかしたら悪戯かもしれないな。
そんなことを考えながら、部活動に打ち込む者たちの声をBGMに時間をつぶす。
五分ほどが経ったところでだった。
女性が一人、走りこんできた。
彼女が、喜多彩香で間違いないだろうか?
……想像以上に可愛らしい人だった。
落ち着いた短髪ショートの彼女は、膝に両手をあて息を乱していた。
こちらを見る顔は、どこか申し訳なさそうだった。
「す、すみません。呼び出したのに、遅れて……しまって……っ!」
「いや……別に。時間は書いてなかったしな」
放課後、としか書かれていない。
クラスによって多少HRの終わりが前後する。
たまたま、喜多のクラスが遅くなった、ということだろう。
「……そう言ってもらえると、助かります」
喜多は立ち上がり、それから何度か深呼吸をした。
俺は懐から、手紙を一つ取り出した。
「……この手紙は、おまえのもので間違いないな?」
「はい……そうです」
わざわざ見せると、彼女は恥ずかしそうに顔を俯かせる。
……可愛いな、本当に。
一年生の間で話題になる理由もわかる。
というか、一年どころか二年でも有名な人らしい。
クラスメートにそれとなく聞いてみたところ、滅茶苦茶可愛い子、としてそれはもう熱心に語られた。
聞かなきゃよかったと後悔したのは、言うまでもない。
「あの、その……まずは、来ていただいてありがとうございます。それと、いきなり呼び出してしまい、申し訳ありませんでした」
「……ああ、いや。別にそんなことはないが」
「……その、呼び出した理由ってなんとなく、分かっています、か?」
顔を一段と赤くする。
……や、やっぱり、そういうことなのだろうか?
どくどくと脈が速くなる。落ち着け、落ち着くんだ俺。
きっと、告白だとしても俺にではなく太郎になんだ。
変な期待をするんじゃない。
「いや……まあ色々と考えつくものはあるんだが――」
「そ、そうですか……」
しゅうという音でも聞こえてくるほどに、喜多は顔を真っ赤にしていた。
そうして、彼女は顔をあげ、こちらに一歩踏みこんできた。
「……す、好き、です。わ、私と付き合ってくれませんか?」
……どくんっ、と心臓が一度大きくはねた。
……顔を真っ赤に、こちらに頭を下げてきた彼女に、俺の心も多少は揺れた。
これが告白されるということなのか。
なんだろう。異性に自分という人間を肯定された故の、喜びだろうか。
幸せというものが可視化できるのなら、きっと今の俺は幸せにあふれているんじゃないだろうか?
そう思えるほどに、俺の体の奥底から喜びがあふれていた。
俺はその感覚を落ち着けるまでにしばらく時間がかかり――。
そして、俺は彼女に伝えた。
「悪い。今はそういうのを考えていないんだ」
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