第10話
俺の言葉に、喜多が顔をあげた。
……驚いたような、少し悲しんでいるような。
そんな複雑な感情を織り交ぜた表情であった。
喜多は慌てた様子で、口元に笑みを浮かべた。
「や、やっぱり……有坂さんと付き合っているからですか?」
「……いや、そいつとは付き合ってはいない。それについては、関係ない」
そう……付き合っている、いないにはまったくもって関係がない。
だが、陽菜が原因であることは確かである。
今の陽菜が出来上がったのは、俺が彼女のわがままを聞き続けてきたというのも原因の一つだ。
だからこそ、今はそんな陽菜を矯正するように接している。
今の俺は、それを成し遂げなければならなかった。
陽菜を中途半端に痛めつけたまま、放置するつもりはない。
あいつが、社会に適応できるまでは面倒を見るつもりだ。
俺の一つの結論としては、陽菜が俺のことを完全に嫌いになって別の友達を作ることだ。
そこまでいけば、俺の役目は果たせたと同じだろう。
「じゃ、じゃあ……そのどうしてなんですか?」
やけに食い下がってくるな。
……結構真面目で大人しい子だと聞いていたから、断ればすぐにあきらめるんじゃないだろうかと思っていた。
「……あんまり興味なくてな」
……はっきりとした理由を告げるつもりはない。
陽菜の性格を矯正させる、なんて伝えれば、またいらぬ誤解が出回るかもしれない。
それが終わってから、もしもまだ俺のことを好きでいてくれるなら……考えようと思う。
「……そう、なんですか。……そ、それじゃあ、その……友達から、というのはどうですか?」
友達から……。そこまでして、俺と付き合いたかったのだろうか?
逆にここまでくると、嬉しさよりも怖さのほうが強い。
……保険金狙いの殺人的な? 俺がここまでモテるわけがないからな。
裏があるに違いない……。
「別に、それなら……まあいいけど」
「本当ですか!? それなら、ライン交換しませんか!?」
「あ、ああ……」
さっきまでのどこか弱気な表情が一転して明るいものへと変わった。
……凄いな、女子というのは。
告白を断られた後も、すぐにこうして別の対応を考えられるのか?
俺が本当に好きな人に告白して、振られたら……たぶん立ち直れないぞ。
スマホを取り出し、彼女に渡す。しばらくして交換が終わった。
喜多は嬉しそうにスマホを両手で持って微笑んでいた。
「ありがとうございます、先輩」
「いや……別にこんなものでよかったらな」
「こんなものじゃないですよ。……とても嬉しいです」
「そ、そうか……」
喜多が頬を赤くして、はにかんだ。
……ここまで素直に感情をぶつけられると、こちらも照れくさいものがある。
「あの、先輩……今日、一緒に帰ってもいいですか?」
「……え?」
「ご、ご迷惑だったらすみません……。その……告白、断られたの……たぶん、まだ私のこと知らないからだと思いまして……っ! 少しでも、知ってもらえるように、一緒にいたいな……ってその、思いまして……」
「……」
いや、別にそんなことはない。
告白を断った理由はほかにあるのだ。
ただ、それを彼女に伝える気はなかったので……断る理由が思いつかなかった。
「友達とかは、いいのか?」
「だ、大丈夫です! 今日は……その、告白して……一緒に帰るかもとは伝えていますので!」
それで、一緒に帰ったら誤解されないか俺。
俺の表情を見て、喜多ははっとしたように首を振った。
「だ、大丈夫ですよ!? 私、ちゃんとみんなに振られちゃったとは説明しますからね! そ、その既成事実だーとかそんなことは考えていませんよ!?」
「……あ、ああ。そうなんだな」
それなら、まあいいんだが……。
告白を振った手前、これ以上冷たくあしらってあることないこと言われても困るからな……。
せめて、友好的な関係は維持しようか。
友達、にはなったんだしな。
「わかったよ。それじゃあ、一緒に帰るか」
「……ほ、本当ですか!? ありがとうございますっ」
嬉しそうに彼女は微笑んでから、俺の隣に並んだ。
……隣に、陽菜以外の女子がいるというのは、これまでほとんどないな。
修学旅行とか、臨海学校とか……そういう時なら、あるにはあるが、そんなの学校行事の一環だからな。
今みたいに、完全なプライベートでは……初めてだ。
校外を目指し歩き出した俺たちだったが……想像以上に注目されてしまった。
「お、おい……あれって、一真じゃねぇか!? 隣にいる女子ってまさか――!」
「あ、あいつ! まさか喜多さんと付き合うから、有坂さんを捨てたのか!?」
おい。なんだその人聞きの悪い言い方は。
俺が女をとっかえひっかえしている奴みてぇじゃねぇか!
「……一真のやろうめ、羨ましい!」
「まあ、けど……一真の判断も正しいな。……有坂さんは……アレ、だしな」
「あ、ああ……別に有坂さんフリーになったって聞いても……別に……なぁ?」
「……ああ」
……お、おい! 陽菜だってすべてが悪い奴じゃないぞ!?
暴力的だし、わがままだし、すぐに泣きそうになるし、駄々こねるし………………けど、まあ体つきは良いし!
……最悪だ。ほめる部分がそんなところしかない!
「先輩、どうしたんですか?」
こてん、と小首をかしげる喜多の隣に、俺は急いで並んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます