第17話


「まあ、一応は……それなりにオタクなもんでな」


 考えた結果、俺は素直に伝えることにした。

 ……まあ、どうせ第一印象の時点で俺への評価はそれほど高くないだろうからな。

 俺がそういうと、花は目を輝かせた。


「……そうなんだ! アニメ見てたの?」

「ああ……といっても、リアルタイムじゃないんだけどな。最近、面白いって聞いたからみたんだ。滅茶苦茶良かったな」


 俺はそこまでオタク文化に詳しいわけではない。

 広く浅く楽しむ程度だ。

 花はますます目を輝かせる。


「う、うん! 第9話のシーンとか滅茶苦茶熱かった!」

「あ、ああ……そうだな」


 それまでの落ち着いた雰囲気から一転、興奮した様子の花に俺は少し驚く。

 こういう表情も見せるんだな、なんて考えていると彼女は恥ずかしそうに俯いた。


「ご、ごめん……興奮しすぎた」

「いや……そんなことはねぇと思うぞ。確かに、あの場面は最高だったからな。そう笑顔になるのも無理はねぇよ」

「……うっ、気遣ってくれてありがと」

「いやいや、だから気なんて遣ってねぇって。素直な気持ちだ」


 そういうと、花は顔を真っ赤にしてしまった。

 とりあえず……何とかうまくいったな。

 ……オタクというのは、あまり受け入れられる存在じゃないからな。


 こういう場では基本的に隠したいと思っていた。誰が何を思うか分からない。俺はここに数合わせとして来ているため、できる限り不快な感情を与えたくはなかった。

 

「ほら、次一真じゃねぇのか?」

「……あ、ああ」


 って、しまった。もう俺の番か……。

 トイレにでもいって、歌詞でも確認しておきたかったのだが、そんな余裕はないようだ。


 俺は武からマイクを受け取り、始まった曲に合わせて歌い始めた。

 ……滅茶苦茶恥ずかしいな、人前で歌うっていうのは。

 陽菜以外では経験がない。そして、陽菜相手に気を遣うようなことはないから……今まで知らなかったぜ。


 何とか一番を歌い、問題の二番に入る。

 ……俺は自分の声があまり好きじゃないし、歌だって下手くそだ。それでも、一生懸命に歌う。

 武の顔に泥を塗るようなことはしないようにな。いや、そもそも俺が歌っているという時点で泥を塗ってしまっているかもな。


 まあ、とにかくだ……全力で歌い続けた俺は、何とかその場をやり過ごすことに成功した。

 歌い終えた俺に、花が笑顔を向けてきた。


「じょ、上手だった……それに、凄い良い声……」


 冗談だろ? というか、花は顔をそっぽに向けていた。

 頬がどこか赤い……きっとお世辞だろうな。


「そうか? そういわれたのは初めてだな、ありがとな」


 お世辞、と分かっていてもこの場には空気があるからな。

 それを崩さないようにしないとな。

 次の曲が始まった。花が入れた曲だな。


「あっ、始まったな。頑張れよ」

「う、うん……!」


 頑張れ、というのも上から目線な言い方だっただろうか?

 おまえに言われたくないとか思われてしまったかもしれない。

 花が席を立ち、それから歌い始めた。


 ……綺麗だな。まさしく美声だ。

 これほどうまい人を、俺は始めてかもしれない。

 アップテンポでかなり疲れる曲であったが、花は最後まで息切れせずに歌い切った。


 花は満足そうにマイクを置いた。


「……すげぇ、うまいな」

「そ、そんなこと、ないから……っ」

「いや……かなり聞きこんでいるんだなって思ったな。アニメ好きなのか?」

「うん……この作品、久しぶりに凄いハマった」

「確かに、面白かったな」

「そういえば、二期がつい最近決定したんだけど、知ってる?」

「え? そうなのか? いつだ?」

「来年の一月予定、みたい」

「本当か? それは楽しみだな……」


 花が嬉しそうに微笑んでいた。

 ……良かった。とりあえず、話の合う人がいて助かったな。

 何とか、乗り切れるかもしれない。


 今は太郎が歌っているのだが、相変わらずの可愛らしい声である。

 彼は変声期が来なかったようで、今も男子の中ではかなり高い声だった。

 花がちらとそちらを見た。


「その……失礼すぎる質問になるかも、だけど……いい?」

「……なんだ?」

「太郎さんって……男の子だよね?」


 ごもっともだ。俺だって時々疑うときがある。

 だが、彼は立派な男だ。中学の修学旅行の時に確認した。


「……ああ。っと、花」

「は、はい!?」

「ど、どうした?」

「い、いきなり……その名前で呼ばれたから」

「いや、自己紹介のとき、名前だけだっただろ?」

「そ、それは……桜が親しくなれるようにって……」


 ……そうだったんだな。

 武と打ち合わせでもしていたのかもしれない。


「それなら、苗字を教えてくれないか?」

「い、いや……いい」

「……なに?」

「花……って呼んでくれていいから」

「それじゃあ、花」

「は、はい」


 なんで緊張している様子なんだろうか?

 よくわからんが、とにかく太郎が歌っている間に言わないとな。


「……太郎は紛れもなく男で……女扱いされるのが苦手なんだ。だから、嘘でもいい。男らしいと言ってほしい」

「お、男らしいと言ったら、気にいってもらえるのですか……っ」


 声を割り込んできたのは、楓だった。

 意外な人物の登場に、俺が驚いていると、楓が続けた。


「た、太郎さん……その凄い良いなって思って。そ、その……だから話をしたくて……!」

「……そうだったのか」


 やはり、太郎はモテるな。


「そうだな。ただ、露骨に褒めてもたぶん、警戒するからな。あくまで自然にしていればいい」

「……そ、そうなんですね! ありがとうございます!」


 今太郎が歌っている歌も、渋い男性の曲だ。

 ……太郎は渋くかっこいい声に憧れているからな。

 ……ただ、明らかに音程が合っていない。


 それでも無理やり歌いきった太郎に、楓が近づく。

 楓を狙っていた武が、悲しんだ様子を見せる。

 ……そういえば、武との約束があったな。

 すまない……楓が健気な様子だったもので。


 武のそんな様子を見て、けらけらと桜が笑っていた。

 というか……気づけば俺と花、武と桜、太郎と楓と二人組ずつに分かれて座っていた。


 ……花はちらと太郎の方を見た。楓の様子を見て、口元を緩めている。

 ……もしかしたら、花も太郎を狙っていたかもしれない。

 そして、友人が太郎のほうに気があったために、あえて身を引いた……。


 武は桜とそれなりに仲良さそうだったので、そこに割り込むのは難しい。

 だから、結果的に余りものの俺と話すしかなくなった、と。

 ……悪いこと、してしまったな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る