第25話
二人とともに歩いていく。
……何も話をしないというのも微妙だったので、俺はちらと真理を見た。
「そういえば、真理もこの辺りに住んでいるってことは出身中学は、明中なのか?」
結構なマンモス校だ。俺の代では6クラスもあったため、正直言ってすべての生徒の顔と名前は一致しない。
……ただ、真理ほどの美少女なら話題になっていてもおかしくないんだけど。
……まあ、中学のときは陽菜に引きずり回されていたので、俺もあまり周りの情報は手に入らなかったので、話題になっていてもわからないんだが。
「……そ、そうよ」
俺の問いに、真理は頬を引くつかせていた。
なんだその反応は。まるで、嫌な過去を問いかけられたような様子である。
「どうしたんだ?」
「い、いえ……その。な、なんでもないわ」
おほ、おほほ! といった様子で真理が微笑む。
顎に手を当てていた喜多が、それから「あー!」と声をあげた。
「あなた、もしかして文芸部の井永花さんのお姉さんですか!?」
「ちょっと黙って! 黙ってお願い!」
真理は目を見開きながら、喜多につかみかかった。
喜多がその攻撃をさっとかわす。さすが陸上部。そして、運動神経があまりない真理は、そのまま派手に転んでいた。
「……待て待て。話が見えてこないんだが」
「私……その、井永花さん……井永先輩の妹さんと同じクラスになったことがあったんです。それで、その……」
大変言いにくそうな顔で、喜多が続ける。
「凄い陰キャの地味な姉が嫌い……というのを何度か花さんに聞きまして――」
「いや! 昔の話はしないでっ!」
耳を押さえる真里。
……それでいいのか? 自分の耳に届かなければ、納得できるのだろうか?
真理は耳を押さえながら、「あー! あー!」と声をあげる。お願いだからやめてくれ。近所迷惑だから……。
それにしても、真理は中学の時は地味な子、だったのか。
……そりゃあ、話題になることもなければ、俺も覚えていないというのも無理からぬことだった。
「ま、まあ……高校デビューできたんだからいいんじゃないか?」
「こ、高校デビューって言わないで!」
真理は目じりに涙を浮かべながら、きっ! とこちらを睨んでくる。
……高校デビューといわれるのが嫌なようだ。
真理はよろよろと立ち上がり、肩で息をしながらこちらにやってきた。
「けど……真理がどうして風高を選んだのか分かったな」
俺たちの学校は風高と略されることが多い。
俺が納得してそういうと、真理が再び目を吊り上げる。
けれど、そんな普段学校では見せない表情が可愛かったので、俺はさらに続けた。
「つまり、うちの学校で行かなそうな学校を選んだんだよな?」
「……あまり、分かってほしくはなかったのだけど、そうよ」
風高は、偏差値が非常に高い。
俺たちの代であの風高を受験したのは、数人だった。
それも、ほとんどが落ち、俺が知る限りでは、真理、陽菜くらいしかいなかった。
「なるほどな……」
「……私、色々と恥ずかしい思いをしたのだけど。あなたは一体どうして、風高にしたの?」
「俺は単純に……陽菜がいけなそうな近場の学校を探しただけだな」
「……そ、そうなのね」
高校が違うという理由で離ればなれになれば、親も仕方ないというだろうと思っていた。
だが、実際は陽菜の受験の面倒まで見る羽目になり、余計につらい思いをしたんだよな……。
「有坂さんのこと、そんなに嫌いなんですか?」
「……嫌いっていうか、わがままが過ぎるんだ。落ち着いてくれれば、普通に友達としてやってはいける」
……もしも、陽菜が喜多のような性格だったらと思うと。
陽菜にメロメロだったかもしれないな……。
「喜多は、風高の受験どうだった?」
「……いやぁ、かなり大変でしたね。まさか、あそこまで難しい問題が出されるとは思っていませんでした」
「そうだな……」
喜多の表情が引きつったものになる。
俺と真理も、同じ心境だったので、似たような表情になる。
……喜多にとっては、一ヵ月ほど前のことだもんな。
家が見えてきた。
とりあえず、二人を送っていくかね。
そんなことを考えていた時だった。陽菜が、家から出てきた。
いつもの部屋着を身に着けていた陽菜は、じっと俺たちを見てくる。
いらだった様子で、じっと……ずっと真里と喜多を睨みつけていた。
ぷるぷると頬を膨らましていた彼女だったが、別段何も言わない?
……このまま黙っていても、陽菜が不気味に思われるだけだ。
俺はちら、と喜多を見た。
友達を作るという目的を達成するのに、喜多はかなり適任な人間ではないだろうか?
喜多はそもそも誰に対しても分け隔てなく接することができる。
それに、中学の時は同じ部活動だった。
「……陽菜。おまえ、中学のとき陸上部だったよな?」
「え? そ、そうだけど……それが何よ」
陽菜は口元を僅かに緩めて、腕を組む。
「一つ下の後輩だ。名前は喜多彩香だ……覚えているか?」
陽菜に問いかけると、彼女は腕を組んでからそちらを見た。
「知らない」
「……」
あ、そう……。いや、まあ予想していたけどね?
陽菜は周りに興味がなさすぎだからな……。そんなことを思いつつ、悪いな……という感じで喜多を見た時だった。
俺は一瞬だけ、喜多の笑顔に違和感があった。
……どういうことだ? 俺が瞬きをしている間に、その違和感は消えていた。
「それじゃあ……初めまして、ですね。私は喜多彩香といいます」
「あっそ」
陽菜はどうやら、まったくもって喜多に興味がないようだった。
喜多はそれでも、笑顔を浮かべている。
……まったく。
「……それじゃあな陽菜。俺は二人を送ってから帰るから」
「か、一真!」
陽菜に背中を向けたときだった。陽菜が声を張り上げ、俺の手を掴んできた。
「またあした!!」
「あ、ああ」
陽菜はそれだけを言ってから、喜多たちを睨みつけ家へと戻っていった。
……よくわからないが、なにかしらの変化はあったようだ。
「それじゃあ、行くぞ。まずは真里の家のほうが近いか?」
「そうね……それにしても、有坂さんはやっぱり良く分からないわね……」
……真里が去っていった陽菜を見ながらそう言った。
「有坂先輩はいつもあんな感じでしたよ」
「……それで、部活で先輩としてうまくやれていたの?」
「えーと……その……あはは」
笑ってごまかした喜多。
……その反応で、まあ想像はできてしまうな。
……俺も、陽菜がまったくもってコミュニケーションがとれていないのは知っていたしな。
それよりも、だ。
俺は、喜多の先ほどの反応が少し引っかかっていた。
喜多は陽菜に……何か感じるものがあったのだろうか?
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