第5話
登校しているとき……やたらと視線を集めてしまった。
……もしかして、ワックスのつけ方でも間違えただろうか?
まあいいや。ワックスはケースごと持ってきている。あとで、クラスメートにでもつけ方を聞けばいいだろう。
「……ね、ねぇあの人めちゃくちゃかっこよくない!?」
「うちの学校に、あんな人いたっけ?」
「し、知らないわよ……二年か、三年生なのかな……? モデルみたい……」
……そんなモデルみたいな人がいるのか?
俺が周囲を見ると……ああ、確かにいた。
恐らくは三年生だな。近くに爽やかな男子生徒がいる。あれで同じ高校生なんだからな……神様も残酷だよな。
朝から現実に打ちのめされながら教室に入る。
と、驚いたようにこちらに視線が集まった。俺の後ろに何かあるのだろうか?
特に何もない。
まだ女子たちは皆こちらを見ていた。あんぐりと口を開き、呆然とした様子だ。
……どうしたんだろうか?
疑問に思いながら俺が席に座ると、男子が寄ってきた。
「おまえやっぱり、一真だよな? ど、どうしたんだ突然イメチェンなんてしちまってよ! おまえのかっこいい顔が晒されちまってるじゃねぇか!」
なんという冗談だ。まったく、ちょっと傷ついた。
「ちょっとな。色々あって気分変えたかったんだ。……ワックス久しぶりにつけたんだが、変なとこないか?」
「あー、まあ大丈夫だぜ! つーか、滅茶苦茶似合ってんな。どうしたんだよ?」
「色々あったんだって。深くは聞くな」
笑いながらそういうと、相手も空気を読んでくれた。
〇
「か、一真……一緒にお昼……ってなんで髪整えてるのよ!」
他クラスの陽菜が俺の教室にやってくるのは、もはや恒例行事だった。
クラスメートたちは、そんな俺たちを見てどこか暖かい目を向けてくる。
俺と陽菜は付き合っている。……そんな誤解を抱いている人間は、二年生にあがって一ヵ月も経った今でも、当たり前のように存在していた。
俺と親しい人間たちは、すでに知っている。
ちょうど、一緒に昼を食べようとしていた友人の芦北(あしきた)太郎(たろう)が、気まずそうに俺を見てきた。
太郎は中性的な顔たちをしている。
その気まずそうな視線がとても弱々しい女子のようなだった。
俺の友人に、何ガン飛ばしているんだ陽菜は。
「そ、それじゃ一真……僕は一人で――」
「陽菜、俺は友人と一緒に飯を食べる。そこに加わるっていうのなら、俺は構わない」
……一応、これでも陽菜の面倒を見るように頼まれているからな。
このくらいの提案はする。
「……はぁ!? あたし、一真と二人で食べる予定なの! 余計なのはいらないわよ! ていうか、なんであたしの命令を破って髪を整えてるのよ!」
「おまえのわがままには付き合わないって言っただろ。……俺にとって、今もっとも余計なのは、おまえだ陽菜。太郎が一緒じゃないなら、おまえとは飯を食わん」
俺がそこまではっきりというと、陽菜だけでなくクラスメートたちが驚いた様子だった。
……まったく。
俺と陽菜が一緒に食事するのが当然かのように驚きやがって。
きっと、俺の彼女いない歴=年齢は、こういう誤解が積み重なってできたんだろうな。
陽菜は唇をぎゅっと噛んでから、太郎を睨んだ。
太郎がひぃっ! と短く悲鳴をあげたので、俺が彼と陽菜の間に体を割り込ませる。
睨んで、どうにかなると思っているのが、陽菜の悪いところだ。
「睨んで、わがまま言っていたら何でも通用すると思うなよ。一緒じゃないなら、食べない。どうするんだ?」
「……ふ、ふん! それなら、いいわよ! バーカ!」
陽菜は声を荒らげ、それから教室を去っていった。
……まったく。
俺は小さく息を吐きながら、席に座る。
「悪いな、太郎」
「い、いや……まあ、助かったけど。良かったの?」
「まあな。というか、いい加減周りに変な誤解されたままなのも癪に障るしな」
泣きそうなのはとっくに知っている。
それだけ陽菜は、俺に依存してしまっているんだろう。
だからこそ、多少荒療治でも今のうちに矯正するべきだ。
俺は小さく息を吐きながら、昼に買った菓子パンを口に運ぶ。
と、そのときだった。
クラスの委員長――井永(いなが)真里(まり)がこちらへとやってきた。
「……後藤くん、ちょっといい?」
「……なんだ?」
委員長はまさに大和撫子といった容貌の女性だ。
長く伸びた髪はきちんと手入れがされている。
陽菜と違って、性格も真面目な人で多くの男子生徒の羨望の的である。
おまけに、交友関係も悪くない。
女子グループの中心人物的立場の人だ。
……陽菜ももうちょっと性格が落ち着いていたら、きっと委員長のようになっていたのだろうか?
「……あの有坂さんと普段は食事をしていたわよね? 今日はどうしたのかしら?」
「そもそも、普段からあいつが勝手に来てただけだしな」
「……え? そうなの? だ、だって二人ってつきあっているのよ、ね?」
「いや、付き合ってないけど」
そういうと、委員長は驚いたようにこちらを見てきた。
……やはり、そうやってみんなに誤解されていたんだな。
俺がため息をついていると、委員長が顔を寄せてきた。
「じゃ、じゃあ! 後藤くんは今フリーなのね!?」
「ああ、そうだよ」
……堂々と言い放ったが、これはこれで恥ずかしいことなのではないだろうか?
今時、高校生男子って彼女の一人二人いるものなんじゃないだろうか? 考え始めたら、ちょっと恥ずかしくなってきたぜ。
「わ、わかったわ! それだけ聞ければ十分だわ! ありがとう、それじゃあ!」
「……お、おう」
……人の彼女事情を聴いて、なぜだか興奮した様子の委員長が去っていった。
その後、女子グループに戻った委員長によって、女性たちの視線がちらちらとこちらを向いた気がした。
と、太郎が苦笑していた。
「それにしても、一真……また急にどうしたの?」
「なにがだ?」
「いや、前から付き合ってないのは知ってたよ? けど、ほら……急に凄い拒絶したから」
「別に、おかしなことはないだろ? そもそも、俺とあいつはただの幼馴染だ。それ以上の関係は何もねぇんだからな」
「……うん、まあそうなんだけどね」
そういって太郎は手元のパンに口をつけた。
陽菜がこれで少しは、自分の行動の問題点に気づき、反省してくれればいいんだがな。
とはいえ……そんなすぐに理解してはくれない、か。
ここまで何度か陽菜を突き放したが、彼女は未だにいつもの調子で話しかけていたからな。
陽菜は、いつものように振舞えば、いつかはいつものように戻ると思っているのだろう。
だが、いつものように振舞えば、俺の態度が変わることもない。
陽菜を高校二年生の間に真人間に戻すにも、まずは俺に依存している状況をどうにかしないとな。
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