第4話

「陽菜のわがままに、もう付き合えないんです。だから、俺たちは友達の関係をなくしました。……それだけです」

『……わがまま? あの子、そんな、何かわがままなこと言ったの?』

「……親なのに、知らないんですか?」


 利理さんは、大人としては立派だったが、母親としてはそこまで立派だとは思っていない。

 陽菜の面倒はほぼ見ずに、仕事に明け暮れていたからだ。


『ごめんなさいね。少なくとも、家ではそんな姿見せないし、灯里(あかり)もしっかり者のいい子だって言っていたから……』


 灯里というのは俺の母親の名前だ。

 つまり、陽菜は人前では猫を被っていたということか?

 あいつめ……。


「この際、今まで黙っていましたけど、いいますね。……陽菜は毎日のように、俺にわがままを言ってくるんです。それも、俺を否定するような言葉もかなりあるんです。……それに耐えきれなくなったので、俺は友達をやめさせてもらいました」


 溜まっていたものをすべてぶつけてやった。

 すると、利理さんはしばらく黙ったあと、


『……わかったわ。いままで、そんなことになっていたなんて知らなかったわ。迷惑をかけてしまっていたようで、ごめんなさいね』

「別に、もう関係ないですから」

『……それで、最後に一つお願いしてもいいかしら?』

「……なんですか?」


 別に幼馴染としての関係までもなくなるわけじゃない。

 親同士が仲良いのなら、これからも関わるわけだしな。

 

『陽菜の、面倒を見てくれないかしら?』

「はぁぁ!? 今まで散々見てきたんですよ!? それでもう嫌だって言っているんです!」

『タダとは言わないわ……そうね。家庭教師みたいなものよ。月に二十万支払うわ。だから、あなたに依存してしまっている陽菜をどうにかしてくれないかしら?』


 破格の条件だった。


「……依存って、そんなにですか?」

『ええ。……家に帰ったときはいつもあなたの話ししかしないもの。だから、あなたに依存しないようにしてほしいの。陽菜……学校に友達っていないんじゃない?』

「ええ、まあ……」


 いないどころか、一部の生徒以外からは恐れられているし。


『やっぱり……いつもあなたのこと以外話さないのは、そもそも話す話題がなかったのね。……それじゃあ、別の友達が作れるまで面倒を見てほしいの』

「利理さん……マジですか?」

『ええ、おおマジよ。引き受けてくれないかしら?』


 確かに、悪くない条件だ。月に二十万とか、高校生のアルバイトではまず稼げない。

 ただ、陽菜の面倒をもう少し見る必要があるというのがネックだ。

 そこに関して、確認してみよう。 


「……俺への依存をなくすというのなら、俺は陽菜に優しくはしませんよ? 冷たくあしらうつもりですよ?」

『もちろん。それで構わないわ。ただし、完全に投げ捨てるのではなくて、友人を作れるようにある程度導いてほしいの。期間は……そうね。二年生の間くらいかしら? それまでに達成できれば、追加報酬も用意するわ。どうかしら?』


 ……なるほどな。

 そのくらいなら、別に構わないかもしれない。


「わかりました」

『……ええ、ありがとう』


 そこで、電話は切れた。

 ……これが俺と陽菜の最後に残った関係だな。


 とはいえ、俺としては、このまま拒絶して……たまに、どうして拒絶するのかその理由を伝えるだけでいいだろう。

 

 確かに……陽菜のわがままを指摘するような人間はいなかった。

 みんな、陽菜のわがままを可愛いもの、くらいにしか見ていない。


 この際、どうして俺が今みたいな態度をとっているのか、徹底的に陽菜に教えてやってもいいだろう。


 ただ、陽菜に友達を作らせる、か。

 学校生活を思いだし、頬がひきつった。

 ……あの陽菜が友達を作れるとは思っていない。


 まあ、それでも頑張ってどうにかするしかないな。

 俺だって、何の疑問ももたず、親の言うことに従って陽菜を甘やかしてきたんだからな。


 陽菜にせめて一人くらいは友人ができるようにしてやろう。

 何より、これまで散々わがままを言われていたお返しもしてやらないとな。

 


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