わがまま幼馴染と別れた途端、何やら女子たちの目の色が変わりましたよ?

木嶋隆太

第一章

第1話

「ちょっと! 一真(かずま)! あんた何で何も言わなかったのよ!」


 そう叫んでやってきたのは、有坂(ありさか)陽菜(ひな)だ。

 教室に入るなり、いきなりそう怒鳴られた。


 俺に怒鳴りつけてきたのは、そんな言葉を口にしないようなほど、整った容姿をしている。


 以前、黙っていれば完璧な美少女、と誰かが、言っていたが、本当にそう思う。

 陽菜は神に愛されたのではないかというほどの完璧な女性だ。


 顔はもちろん、よっぽどの特殊性癖でなければ、陽菜に見とれないものはいないだろう。

 事実、黙っているときの陽菜に騙され、告白した男子生徒は数知れない。


 身長は女性の平均はある。しかし、手足はモデルのようにすらりと伸び、その胸だって他の高校二年生女子と比較して、明らかに豊かだった。

 その胸に魅了された男子生徒が、陽菜の本性に気づかず告白し、罵倒の限りを浴びせられたのも、言うまでもない。


 そんな、美少女の中でもさらに選ばれし美少女である陽菜が俺に声をかける理由は簡単だ。


 俺が陽菜と幼馴染だからだ。


 小さいころから家は隣同士。

 家族の仲も悪くなく、保育園も一緒だった。

 小学校、中学校も同じ……自然に関わりが増えていった。


「ちょっと! 聞いてんの!? あたしが話しかけてあげてるのに、なんで無視してるのよ!?」


 いつもは流していた彼女のわがまま、上から目線。

 ああ、黙っていればそれでいい。


「あんたなんか、あたしが話しかけないと誰も話してくれないんだから! ありがたく思いなさいよ!」


 だが、その発言ばかりは無視できなかった。

 

「話してほしいなんて言ったことないぞ」

「え……っ?」


 怒鳴りつけるように叫んできた陽菜が虚を突かれたような顔になる。

 これまで、俺が彼女のわがままに対抗したことなんてないからだ。


 ……彼女は確かに美少女だが、この学校で陽菜に告白するような男子生徒は、もう恐らくいない。

 いや、まあ、特殊性癖な方々には未だにこんな陽菜の性格も受けているのだが、それはおいておいて。


 彼女の扱いは簡単だ。

 ある程度真摯に言葉を受け取り、返事をしていれば済む話だ。

 最後に謝罪の言葉でも残していれば簡単だ。


 俺が抵抗した理由は簡単だ。先程、職員室で教師と話していた内容を思いだしていた。

 『後藤……おまえ有坂と仲が良かったよな? 今後も面倒見るの、頼むぞ?』。

 いや、ただの幼馴染ですけど? どうやら、教師は俺と陽菜が付き合っていると勘違いしているようだった。


 俺と陽菜はただの幼馴染。

 そして、教師がさらに言っていた言葉を思い出し、ふつふつと怒りが湧き上がる。


 『おまえは、クラスであまり馴染めていないからな。もうちょっと、上手く周りに合わせるんだぞ』。


 は!? 俺はクラスにもわりと馴染んでいるほうだ。だが、クラスメートが俺と距離を置く理由は簡単だ。


 この女! 陽菜が周りを威圧するような発言ばっかりするからだ!

 陽菜がいないときは、俺もクラスメートと普通に話しているんだよ!!

 いつもなら、抑えていただろう言葉を、俺は陽菜に言い放った。


「陽菜……どうして俺がおまえにいちいち俺の予定を伝えないといけないんだ?」


 ……それでも、努めて冷静に。

 陽菜のように感情に任せて言わないように。


「はぁ!? そ、そんなの決まってるじゃない! あんたそんなこともわかんないほど馬鹿なの!?」

「……わからないな。そもそも、どうしてお前はここにいるんだ?」

「はぁ!? いつも一緒に帰ってあげてるでしょ!?」


 あげてる。

 そう、陽菜はいつもそうやって上から目線で俺に物を言ってくる。

 それが当然のことなのだとばかりに。


 そんな陽菜に、俺は小さくため息をつく。


「じゃあ、今日からは別々に帰ろうか」


 俺が提案すると、陽菜が眉間を寄せて近づいてきた。


「あんた何言ってんの!? 馬鹿じゃないの!?」


 ……いや、馬鹿はどっちだ。

 陽菜は見た目だけ成長した、大きな子どものようだ。


「別に、一緒に帰ってほしいなんて言ったことはないんだ」

「そ、そうだけど……っ! けど、今まで一緒に帰ってたじゃない!」


 まあ、そりゃあ……陽菜が待ってたからな。

 まるでストーカーのように、いつもいつも頼んでもいないのに俺のクラスにまで来ていた。


「だから、だ。ここではっきりしておかないか? おまえだって、俺を待ったせいで頭に来てるんだろ? それなら、これからは一緒に帰らないってことでいいんじゃないか?」

「な、なんでそうなるのよ! あんたがはっきりと遅くなります、っていえばいいじゃない!」

「……だから、そもそも一緒に帰るつもりはねぇんだよ」

「は、はぁ!?」

「俺たちはただの、幼馴染だ。別にほかに何かあるわけじゃないだろ?」


 俺は陽菜にそう言い放ってから、机にかけていたカバンを掴んだ。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 陽菜が追いかけてきたが、睨み付けると彼女はびくっと肩をあげて足を止める。

 それから俺は一人、帰宅した。



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