第21話



 放課後になった。

 俺が席を立つと、合わせたように委員長も席を立った。

 ……う、動きがぎこちないぞ?

 まるでロボットのように動いていた委員長に、近くの女子が心配そうに声をかけていた。


 ……一体、どんな話をされるんだ? ま、まさか臓器を売ってほしいとかそんな話じゃないだろうな?

 委員長があそこまでになるような話に、恐れているぞ。太郎がこちらにやってきた。


「それじゃあ、また明日ね」

「ああ、また」

「明日も、喜多さんとご一緒?」

「……おまえ、からかうなよな」


 ぺろっと舌をだし、太郎が小さく手を振っていった。

 ……まったく。

 委員長が廊下に出たところで、俺も廊下にでる。

 少し離れたところで委員長は立ち止まっていた。こちらに気付いた彼女は視線だけを廊下の先に向け、歩きだした。

 

 ……ついてきて、ということではないだろうか。

 その時だった。隣のクラスの入口が開け放たれ、見慣れた女性が飛び出してきた。


「か、一真! 迎えに来てくれたのね!?」

「……ちげぇよ。ちょっと用事があるだけだ……じゃあな、またあした」

「……またあした……またあした!」


 陽菜はぱっと目を輝かせ、そういった。

 ……なんだ? なぜ喜んでいるんだこいつは。


 ……それとも、少しは俺の言っていた言葉の意味を理解し始めたのだろうか?

 わがままを言わなかっただけ、今までよりマシだな。

 足を止めていた委員長が再び歩きだし、俺もその後を追う。

 そうしてたどり着いたのは……生徒会室だった。


 そういえば、委員長は生徒会長でもあったな。

 生徒会室の扉をあけた委員長が中に入る。俺もその後を追って中へと入った。

 扉を後ろ手で閉めると委員長が振り返った。


「ごめんなさい、ここまで来てもらっちゃって」

「いや……別に大丈夫だ。それで、話って?」


 ……生徒会室まできたということは生徒会関連の話だろうか。

 今月末には体育祭もある。その手伝いとかを頼まれるのかもしれないな。

 人によっては、確かに嫌がるだろう。


 ただ、俺はそういう手伝いは進んでやってきた。

 というのも、昔から陽菜は……学校行事にまで明確に口出しすることはなかった。

 だから、そういった委員会活動などを理由にすれば、彼女のわがままに拘束される時間が多少は減らすことができた。


 ボランティア活動、委員会活動、部活動……。

 ……まあ、陽菜がどの活動に参加するかの口出しを行ってくることはあったが、あくまでその程度だった。

 そういった者に参加するうち、人に感謝される喜びも覚えた。だから、頼まれるのならもちろん手伝うつもりだった。


「それは、その……ね」


 ……切り出しづらそうだった。

 そういえば、去年も委員長に頼まれたな。クラスの文化祭実行委員になりたい人がいないから、一緒にやってくれないか、と。

 また頼むのは悪いと思っているのかもしれない。そんなことはないんだがな。俺から言ってみようか。


「体育祭のことか?」

「……え?」

「体育祭の手伝いがほしい……とかで俺をここに呼んだんだと思ったんだが……違うのか? それなら、いくらでも手伝うが……」


 俺が言うと、委員長は一瞬きょとんとした後、口元を緩めた。

 

「ど、どうしたんだ?」

「いや、その……やっぱり後藤くんって後藤くんなんだって思ったのよ」

「どういうことだ……?」


 意味がまるで分からない。

 しかし、委員長はひとしきり満足そうに笑ったあと、こちらを柔らかな微笑とともに見つめてきた。


「……あなたは、いつもそうやって優しいわよね」

「……そうでもないと思うが」


 別に優しくした覚えはない。

 本当に優しい人間ならば、今の陽菜の面倒だって見ているだろう。

 委員長はしかし、俺の言葉を否定するように首を振った。


「いいえ、優しいわ。去年も一緒のクラスだったけど、覚えているかしら?」

「……ああ、だから委員長って呼び方がすっかり定着しちまってな。……今年、委員長にならなかったらどうしようかと思っていたんだ」

「良かったわね、今年もクラス委員長になって」

「まあ、そうだな」

「……去年だって、色々手伝ってくれたでしょう?」

「……そうだったか?」


 意識して行っていたわけではないので、俺もはっきりとは覚えていなかった。

 しかし、委員長は生徒会室を左右に歩いた。


「ええ、そうよ。私去年の末に生徒会長になったけど……その時から困っているときはいつも協力してくれたじゃない」


 この学校の生徒会選挙は十月に行われる。

 ……だいたいの場合は一年生から選出され、二年の十月まで生徒会活動を行うことになっている。

 

「まあ、確かに……手が空いているときはな」


 陽菜がわがままを言って、協力できない時もあったしな。

 俺がそういうと、委員長はこちらに一歩近づいてきて――


「だから――好きなの、後藤くんのことが」


 その言葉が俺の耳に、はっきりと届いた。

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